谷村新司さんから、人々の悲劇を続けざまに書くのは、結構しんどい。
自分の時代的には櫻井さんの方が所縁はあったけれど、わざと書くのやめてたんです。
控えたほうがいいと。あえてそれを書き連ねるのは避けたいと思っていました。
KANさんの訃報に続き、最近はミュージシャンの方々の逝去が非常に多い気がします。さだまさしさんもそんなことをおっしゃっていました。バクチク櫻井さんだって、最近は猫の話をしていたの聞いたばかり。その折に、コンサートツアーを行うとおっしゃっていた。
ジュンスカ・バクチク・ユニコーン~♪
売れてる奴は落ちぶれろ~♪
俺だけ売れりゃあいい~♪
今度街で出会ったら~♪
(たぶん中村雅俊さんの歌のオマージュ)
バナナくらいは~♪
くれてやる~♪
当時の大槻ケンヂさんのオールナイトニッポンのワンフレーズ。
おっぱいマンがわかる人には分かる笑
当時、チェッカーズやレベッカ、プリンセスプリンセスなど、それにちょっと後からブルーハーツも含め、メディアに徐々に出てきて、一応トップランナーだったように思います。ほぼ同時ですけれども、男性のバンドブームグループで次に続くものと言えば、この辺りのバンド(ジュンスカ・バクチク・ユニコーン)が挙げられるでしょうか。ミスチルの桜井和寿さん、スピッツの草野マサムネさんなども、同世代ではありますが、後から花開いた印象があります。
そして、その替え歌の主役である大槻ケンヂさんも、同い年ぐらいではないでしょうか。ほんと自分のバンドよりも、よくおもしろ話をしていた印象。
個人的には、バクチク櫻井さんからの大槻さんは、悪の草いや・・・華からの印象が大きいかもしれませんが笑、実際、この時代のバンドブームのバンドたちはすごく仲が良かったように思います。私はそう感じていました。
櫻井さんは、いわゆる氷室さん系のイメージの男前ですが、実際に話すと全く異なる。すごく良い人柄で、魅力的な方でした。
その当時、バクチクはX JAPANと共にビジュアル系の先駆者と見なされていましたが、私自身はそうしたイメージをあまり抱いていませんでした。たぶん、今井さんが左利きのギタリストであることもありますし、当時はまだニルヴァーナが日本のシーンに登場していなかったこともあり、彼らのカッコよさが際立っていた。
また、群馬県出身ということもあり、どうしてもスーパースター
「暴威」と比較されることがあったんじゃないか。
その点は、彼らに同情すら覚えました。