十二月の旅人よ!
太田&大滝の競作で進化した、松本隆の不思議な北欧ソング
「女性ポップスで、タイトルに『さらば』がつく曲は、前例がないんじゃないかな」
1980年11月の太田裕美の19枚目のシングル「さらばシベリア鉄道」は、謎多き曲だ。
この曲は、翌年、大瀧詠一が自身のアルバム「A LONG VACATION」でセルフ・カバー。数カ所の歌い回しを変えている。
特に、サビの違いが顕著で、「伝えておくれ」というフレーズを、太田がハイトーンでストレートに歌い上げているのに対し、大滝はコブシを回して区切って歌っている。
どちらが本当のメロディ?…と、当時、歌謡曲ファンの間で論争されたが、後年、太田が「デモテープで、大滝さんは私のバージョンのメロディで歌っていた」と証言。太田版の方が、本来のメロディーであることが判明した。
他にも、
「なぜ、夏のリゾートアルバムであるロンバケに真冬の歌が入っているのか?」
「なぜ、大滝は自身のアルバム用の曲を、まず太田に歌わせたのか?」
「ジョン・レイトンの『霧の中のジョニー』に似すぎてないか?」
「南野陽子の『風のマドリガル』は、この曲のパクリじゃないか?」
…と、「シベリア鉄道」周辺には、何かと謎が多く存在している。
「伝えておくれ 十二月の旅人よ」
だが、この曲の最たる謎は、松本隆が書いた歌詞そのものだ。
この曲は、男目線か女目線かが判然としない。
歌詞中、「何があるの?」「飛び乗ったの」と女性言葉の語尾が使われながら、「僕」「あなた」「君」と、男女それぞれの一・二人称が交互に登場する。
が、同じ太田&松本の「木綿のハンカチーフ」のような、明確な男女の掛け合い形式でもなく、男女の間に何があったのか?も、わかりづらい。
この時期、松本は最愛の妹をなくしたショックで、失語症になっている。
この影響で、大滝から依頼のあった「ロンバケ」の歌詞執筆が大幅に遅れ、松本がようやく回復した頃、すでに季節は秋口に。
「夏のアルバムに冬の曲が混入したのは、自分の個人的事情」と松本は述懐している。
「シベリア鉄道」の歌詞が、当時の荒涼とした松本の心象をストレートに反映した不思議な歌詞になったのも、この事情と無縁ではないようだ。
だが、太田は「さらば」という男っぽいタイトルに新鮮さを感じながら、この不思議な歌詞をサラリと歌いこなしている。
そして、少年性と少女性の共存する太田の声を得て、「シベリア鉄道」は、日本のウィンター・ポップスのスタンダードへと進化して行くのである。
「さらばシベリア鉄道」
作詞:松本隆
作曲:大瀧詠一
編曲;萩田光雄