外出の際の移動時、何をしていて、何をしていなかったのか、
振り返る機会をいただきました。

移動時に限りませんが、
私の場合、そもそも「子どもだから、まぁいいか」と最初からは思わないようにしていました。
もちろん、乳幼児は周りの方にご迷惑をかけることもありますし、
実際に、嫌な思いをさせてしまったこともありますが、
親が基本姿勢として、
「だって子連れなんだからしょうがないでしょ」
と、開き直るのは違う気がして、
家庭はともかく、公共の場では思わないようにしていました。

そう考えていたので、前記事に書きましたように、
電車で靴を脱いで車窓を見る、というのも、
「そもそも、この近距離の電車は、移動するために乗っている」から
前を向いて座る。
「旅情を楽しむような長距離の電車ならば、車窓を楽しむのもあり」
というように、マナーとして大人がしないようなことは
子どもにもさせない、という姿勢だったと気づきました。

ですから、電車の中は遊ぶところではないから、玩具も不要、
食事をするところではないから、お菓子も不要。
喉は乾きますから、飲み物くらいは持参、というように。

しかし、黙って座っているのはさすがに無理なので、
何をしていたか、と言いますと
道具のいらない遊び。

赤ちゃん相手なら、手遊び、
幼児になれば、しりとりなどを
工夫してやってました。
たとえばしりとりが難しい時期には、
「知っている色を言ってみる」(車内には色々な色がありますから教えやすい)
「知っている乗り物の名前を言ってみる」など、
頭を使わせるような、知的好奇心を満足させられるようなことを
自己流でしたが考えてやっていました。
基本は、「おしゃべり」ですが、
ちょっとゲームっぽいアレンジを加えるだけで、
いくらでもバリエーションはありますし、
その子の現時点での能力等も知ることができ、
親としても有益な時間でした。

Sは言葉が出るのが遅かった(2歳半でした)のですが、
それまでに、あれこれとしゃべりかけていたおかげで、
言葉は出なくても意思の疎通はできていましたし、
話しだしたら、あっという間に3語文になりました。

あといくつ停まると、降りる駅だよ、と
数えながら乗っているのも、数の勉強にもなり、
駅名などを見て、字に興味を持ったり、
路線図を見て、日本語以外の文字があることを知ったり、
と、モノを持って歩いたり、携帯の画面を見せなくても、
できることはたくさんあります。

道具を広げていなければ、降りるときも
さっと仕度ができ、
急かせたり、慌てたりすることもなく、
落ち着いて心にも余裕を持って行動できます。

親自身が、モノ(食べ物も含む)に頼らず、
頭を使えば、いくらでも工夫はできると考えています。