人を動かすナラティブ -なぜ、あの「語り」に惑わされるのか | 酒場ピアニストがんちゃんのブログ - 読書とお酒と音楽と-

酒場ピアニストがんちゃんのブログ - 読書とお酒と音楽と-

昼はジャズ・ラウンジピアノ講師 (江古田Music School 代表)

夜は銀座のBARピアニスト(ST.SAWAIオリオンズ専属)

コロナ禍ではジャズの独習用eラーニング教材を開発してサバイバル

そんな筆者が綴る、ブックレビューを中心とした徒然日記です。

 

■人を動かすナラティブ

 

著:大治朋子(毎日新聞編集委員)

 

本書のレビューに入る前に、まずは余談からお付き合いください。

 

若い方から社会生活を送る上でオススメの本を尋ねられた場合、私は質問者の意図をもう少し深く探った上でいくつかの推薦図書を挙げますが、人生におけるディフェンス能力の強化という目的においては米国の社会心理学者ロバート・チャルディーニ氏による『影響力の武器』を推す事が多いです。

 

 

この本は承諾誘導の専門家(販売員、募金活動員、その他様々な説得上図な人間)が、どんな手段で相手にイエスと言わせるかについて、人間の行動を司る6つの原理ー返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性ーについて、その原理から応用例、防衛法まできわめて分かりやすく有用な形で書かれた、いわば人間の行動心理の実践的な解説書です。

 

私が本書に出会ったのは30歳を過ぎてからですが、もし20代の前半の頃からこの本に出会い、上記の6つの原理について実践的な知見を得ていたなら、その後の人生に大きな悪影響を及ぼした幾つかの事項はかなりの確率で回避する事が出来たのでは…というのが本書を初めて読んだ時の私の感想でした。(最近再読し、ますます本書の実用性を再確認しました)

 

まあ、過去をいくら悔やんだ所で起きた事を変える事はできませんし、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」とは良く言ったもので、失敗と強い後悔を経たからこそパワーアップできた部分もあります。しかし見えていれば絶対に避けるであろう落とし穴に進んで落ちる物好きはそうそういないでしょう。

 

そういった意味において、本書には社会生活において貴方に近づいてくる貴方を狡猾に利用しようという意図を持つ相手について防御力を大幅に高める事ができる強い効能があります。まあ、本書は使い方次第では悪用することも可能でしょう。すなわち自分が搾取的な要素が強いトレードを相手に持ちかける際に本書の示す心理的テクニックを使うことによって。しかしながら、私はそれはオススメしません。いささか道徳めいた表現になりますが、悪意的な試みは因果の連鎖を通じて往々にして自分の所に返ってくるものだと思っていますので。。。

 

まあ、時として善意的な試みの方がタチが悪いケースもあります。若い頃は今一つピンとこなかったけど、40代に入ってからその意味が身に染みる格言「地獄への道は善意で敷き詰められている」(”The road to hell is paved with good intentions”)が示すように。。。

 

さて、そろそろ余談から本題に移行して参ります。

 

社会生活を送る上でのディフェンス能力という意味で、私は長らく『影響力の武器』に記された人間の行動を司る6つの原理ー返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性―について折に触れて意識をしてきたわけですが、最近になってこの6つの原理に付け加えるべきもう一つの要素があるのではないか!? と強く思うようになりました。

 

それは、今回レビューさせて頂く書籍『人を動かすナラティブ ~なぜ、あの「語り」に惑わされるのか~』のテーマの核心でもある「ナラティブ」という要素です。

 

 

「ナラティブ」という言葉は、聞きなじみのある方とない方に大きく分かれる言葉かもしれませんが、「物語」「語り」「ストーリー」といった日本語がそれぞれ持つ意味やニュアンスを広く網羅する表現と捉えて頂けると良いでしょう。

 

なぜ『影響力の武器』のメイントピックである6つの原理に「ナラティブ」まで加える必要性を強く感じたかと言えば、本書を通じて、このナラティブが如何に私達の意思決定や行動に無意識レベルで絶大な影響力を持っているか、またそのメカニズムを知る人間によって「ナラティブ」が「情報兵器」として実際に悪用されている現実を知ったからです。

 

ここで「情報兵器」という不穏なワードを投入しましたが、この言葉が大袈裟なものではないことを物語る事例を本書より共有させてください。

 

ケンブリッジ・アナリティカという組織を皆様はどのぐらいご存じでしょうか? 私は本書を読むまでその存在を知らず、私の身の回りの中でも教養レベルが高そうな方々に何人かヒアリングした所、ケンブリッジ・アナリティカについて知っている人は少数でした。しかし「トランプ大統領の当選」や、英国のEU離脱いわゆる「ブリグジット」が現実になった過程において、SNS上での世論操作を通じて暗躍したコンサル機関こそがケンブリッジ・アナリティカであると聞かされればどうでしょう?

 

おそらく心中穏やかではいられないと思います。しかし同時にこんな疑問が頭をかすめるでしょう。

 

「ナラティブを利用した世論操作といっても、具体的にどう行うんだ?」 と。

 

そのノウハウが示された箇所について、本書から引用します。

 

・・・・・・・・・・

 

「狙った集団の心に刺さるナラティブとは、どのように創られたのですか?」

 

「ケンブリッジ・アナリティカはSNSの投稿や性格診断テストなどで収集された膨大な情報を、アルゴリズムを使ってタイプ別に分類し、プロファイルを作った。それに基づき、内部の心理学者のチームがそれぞれのタイプごとに最も効果的だと思われるナラティブを創って試験的にSNSに流し、反応を見た。こうした作業を繰り返し、このナラティブはよく拡散された、これはダメだったと吟味しながら、どういう人々にはどのようなナラティブが利くのか、写真を付けるのか、この言葉を入れるのか、といった判断と調整を繰り返した。その意味では人間とコンピューターの作業を組み合わせた半自動的なプロセスだ。ただナラティブを創る作業は人間でなければできない。クリエイティブな言葉やイメージを考えつくのは人間だからね。」

 

本書P.188~189より引用

 

・・・・・・・・・・

 

英誌「エコノミスト」は2017年に『データは石油をしのぎ、世界で最も価値のある資源だ』と指摘しましたが、実際にデータが経済価値を持つに至る上記の過程を知ると、何やら背筋に寒いものを感じます。本書の一節によれば、『ある人のFBの「いいね」を10個分析するとその人の職場の同僚より、150でその家族より、300個で配偶者より正確にその人の性格や思考、考え方を把握できる』という実験結果も存在するようです。我々は「個人情報」という観念を、より包括的に、よりディフェンシブに見直す必要があるかもしれません。

 

なお、ケンブリッジ・アナリティカについてより具体的に知りたければ、本書を読んで頂くか、あるいはNETFLIXの会員であれば、下記のドキュメンタリー映画を観て頂くと良いでしょう。

 

 

 

 

ハリー・ポッターが「闇の魔術に対する防衛術(DADA: Defence Against the Dark Arts)を身に着けたように、スマホを通じてインターネットやSNSが生活の隅々まで浸透している情報過多社会を生きる我々も、「ナラティブ」の基本知識を身に着け、そのポジティブサイド、ネガティブサイドの両面について認識し、我々が陥りがちな脳や心理的なクセ、いわゆるアンコンシャスバイアスに対し意識的な防衛線を張っておく事は、これからの社会を生きる上での重要なディフェンススキルだと考えます。

 

Harry Potter DADA Art: Canvas Prints, Frames & Posters

 

本書『人を動かすナラティブ ~なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』は、情報社会における我々のディフェンスを高めるために重要な情報が詰まっています。

 

気になった方は是非!

 

そうでない方も騙されたと思って是非ご一読頂ければ幸いです<m(__)m>