人生100年時代の読書観 -年間100冊読書を5年続けて思うこと | 酒場ピアニストがんちゃんのブログ - 読書とお酒と音楽と-

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昼はジャズ・ラウンジピアノ講師 (江古田Music School 代表)

夜は銀座のBARピアニスト(ST.SAWAIオリオンズ専属)

コロナ禍ではジャズの独習用eラーニング教材を開発してサバイバル

そんな筆者が綴る、ブックレビューを中心とした徒然日記です。

2016年に、個人目標として年間100冊の本を読むことを定め、なんとか5年続ける事ができました。

 

毎年目標を達成する度に、読書全般について考察する記念碑的なブログを書いていましたが、昨年分はまだ書いていなかったので、遅まきながら書いてみようと思います。

 

5年という一つの節目を迎えたので、今回は少し大きなテーマから考察します。

 

題して

 

人生100年時代の読書観

 

「読書術」の方がわかりやすいかな? とも思いましたが、なんだか烏滸がましい気がして・・・

 

あくまで、私の読書についての考え方、という事でよろしくお願いします。

 

さてご存知の方も多いと思いますが、「人生100年時代」という言葉はロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが著書『LIFE SHIFT(ライフシフト) 100年時代の人生戦略』の中で提唱したものです。

 

 

 

 

本書の第4章は『見えない資産 -お金に換算できないもの』、すなわち無形資産についての考察に充てられており、次の3つのカテゴリーに分類しています。

 

1)生産資産

 

2)活力資産

 

3)変身資産

 

以下、本書P.127より簡単に引用します。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

1)生産資産

 

人が仕事で生産性を高めて成功し、所得を増やすのに役立つ要素のことだ。スキルと知識が主たる構成要素であることは言うまでもないが、ほかにもさまざまな要素が含まれる。

 

2)活力資産

 

大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な資産と幸福のことだ。健康、友人関係、パートナーやその他の家族との良好な関係などが該当する。長期追跡調査によれば、パートナーやその他の家族との良好な関係などが該当する。長期追跡調査によれば、活力資産を潤沢に蓄えていることは、よい人生の重要な要素の一つだ。

 

3)変身資産

 

100年ライフを生きる人たちは、その過程で大きな変化を経験し、多くの変身を遂げることになる。そのために必要な資産が変身資産だ。自分自身についてよく知っていること、多様性に富んだ人的ネットワークをもっていること、新しい経験に対して開かれた姿勢をもっていることなどが含まれる。このタイプの資産は、旧来の※3ステージの人生ではあまり必要とされなかったが、マルチステージの人生では非常に重要になる。

 

※3ステージの人生・・・教育、仕事、引退の3ステージ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題。

 

これから上記の資産の3分類について、読書と絡める形で考察を進めていこうと思います。

 

先の3分類を読書の目的に照応させると次のようになります。

 

 

1)生産資産を高めるための読書

 

2)活力資産を高めるための読書

 

3)変身資産を高めるための読書

 

 

これらについて私のイメージを簡単に補足します。

 

 

1)生産資産を高めるための読書

 

もっともわかりやすい有形資産「お金」に直結する知的投資で、仕事の情報収集のためにビジネス書を読んだり、知識武装目的で専門書を読むのがこれに当たります。

 

質・量ともに大切ですが、スピードと効率も求められるので、生真面目に精読するだけでなく、時には斜め読み、飛ばし読み、トピックの拾い読みなど混ぜつつ、短時間で要領よく読む事も必要です。

 

情報が氾濫する世の中では、informationをintelligenceに高める読み方がカギになります。

 

どちらも日本語では「情報」の一語で扱われていますが、informationが生の一次情報であるのに対し、intelligenceには意思決定を下すために分析・加工した情報のニュアンスがあります。ようするに、単なるファクトの羅列ではなく、So what ? (で、どうすればいいんだ?)に対して、分析・解釈・具体的アクションのレベルで応えられるかが重要です。

 

米中央情報局の英語も Central Intelligence Agency。単なるinformationの収集ではなく、大統領の意思決定に資するintelligenceを届けるのが彼等の本分である。

 

 

2)活力資産を高めるための読書

 

「お金」には直結しないが、幸福や健康や豊かな人間関係に資する読書です。

 

1)が「できる仕事人」を目指す読書とすれば、2)は「良い人間」になるための読書と言っても良いかもしれません。

 

自分で書いていながら、あまりのモヤモヤぶりに苦笑していますが、個々の価値観、大切にしている信条は異なるので、各々が自分の理想と照らし、読みたいものを、読むべき必要があると思うものを、じっくり味わいながら読めば良いと思います。

 

このように書くと些か生真面目な感じもしますが、文学を味わい、哲学書と向き合うような時間だけでなく、娯楽や脱力目的の読書も心の余白を保つ上では重要だと思っています。

 

 

3)変身資産を高めるための読書

 

ここ最近、自分の中で一番重要性を感じているのは実はこのタイプの読書です。

 

世の中の変化スピードは益々速まっており、不可逆的な流れに抗って生きるより、自分自身を上手く変容させられる柔軟さを持ち合わせている方がエネルギー効率の良い生き方ができます。(コロナ禍の現在、これを実感されている方も少なからずいらっしゃるでしょう)

 

変身資産と読書を結びつけて考えるきっかけになったのは、劇作家の平田オリザさんのこんな言葉です。

 

『ディベートは、話す前と後で考えが変わったほうが負け。

ダイアローグは、話す前と後で考えが変わっていなければ意味がない。』

 

哲学者の鷲田清一さんが、朝日新聞の連載「折々のことば」で取り上げたのをネットニュースで見て知ったのですが、このフレーズに自身の思考スタイルの変遷が集約されている気がしたのです。

 

「昔はディベート一辺倒だったが、最近は結構ダイアローグを楽しめるようになったな・・・」

 

自分が若い頃は、自らの主張を通す事こそが最優先事項で、理路整然と論点を整理するためにロジカルシンキングを鍛え、論証を強化する有利な材料を集めるために本で知識武装をし、教養ある話者を演じるために古典を引用し箔付けする、みたいな事に血道を上げていました。

 

当時の自分にとって、読書はその目的に叶った最高のツールであり、自身の「説得力」や「論破力」みたいなモノを強化したく、色々と読んでいたように思います。言わば、賢い自分になる事で優位に立ちたい願望が過剰に表れた読書スタイルであり、上の3つの分類に当てはめれば1)の生産資産の向上しか眼中にない状態です。

 

面白いもので、そんな読書スタイルでも量が質に転ずるとでも言うのでしょうか。なんとなく「教養」という言葉に憧れて名著や古典と呼ばれるものに挑んだのも良かったのかもしれません。賢い自分を演出したいという不純な動機が中心でありつつも、背伸びは成長の大事な要素の一つ。色々な良書に触れるうちに、それらのエッセンスが少しずつ自分に取り込まれ、考え方や心の在り様も少しずつ変わってきました。

 

読書を通じて大きく変わったのは、自分自身を客観的に見る力(いわゆるメタ認知)、そしてロジックに過剰な重心を置くことがなくなり、かつては憧れた「論破」という行為を愚かだと考えるようになった事です。

 

物事を知れば知るほど、「正しさ」なんていうものは、時・場所・状況・集団の性質に大きく依存している事が分かりますし、相手の退路を断つ形で理詰めで無理矢理YESと言わせた所で、その後に続く良い関係は築けず、相手のベストパフォーマンスを引き出す事など望むべくもない事は、人生の経験値が高い人ほど心得ているでしょう。

 

それよりも、自身の中で譲れない部分と譲れる部分をしっかり認識し、相手の言い分に耳を傾け、相手の自尊心をケアしつつ、譲れる部分については気持ち良く譲った方が物事ははるかに上手く進みます。

 

「ディベートの相手が人であるのに対し、ダイアローグの相手は問題である」

 

このように捉えても良いかもしれません。

 

相手を言い負かそうと争うよりも、相手と協力してより優れた問題解決をはかる方がエネルギー効率としては遥かに生産的。

 

互いのエネルギーをぶつけ合って相殺させるより、ベクトルを統一し、力を合算させた方が大きなパワーが得られるのは自明です。

 

またディベートの授業はいざ知らず、リアルの説得のシーンにおいては「何を言うか」より「誰が言うか」の方が極めて重要だったりします。

 

アリストテレスの弁論術に則して言えば、「ロゴス」(論理-話の内容)よりも、「エトス」(人格-話者の権威、実績)、「パトス」(感情-話者の信念・熱意、聞き手の心情・気分)の方がモノを言う場面は多く存在します。

 

 

 

 

一例として、新入社員と部長の発言力の違いを考えるとやすいでしょう。仮に両者が全く同じ内容を提案したとして、部長の提案はスムーズに通っても新入社員の場合は聞いてすらもらえない事もあります。

 

この場合の違いはどこにあるかと言えば、「ロゴス」(論理-話の内容)ではないんですね。発言力の源泉は話者の組織における実績にあります。

 

では、実績のない人間は発言力において一切希望がないのか? と言えば、必ずしもそうではありません。

 

人格(エトス)を高めて自身が受け入れられ易い環境を整え、聞き手の感情(パトス)に意識を払い、相手の自尊心をケアしつつ気持ちの良い対話の道を探れば希望は見えてきます。

 

いずれにせよ、「何がなんでも自分の主張を通す(≒論破)」という視野狭窄から自分を解き放ち、高い視座、広い視野で物事を眺め、自身の可謬性(かびゅうせい-間違っている可能性)を忘れず、相手と敵対せず、協力する事でより良い解決の道を探る、というスタンスを保つことが、諸々が上手くいくコツであるというのが最近よく思う事です。

 

世の中の変化スピードは加速してきています。

 

ネット化とグローバル化が進めば進むほど、自分を取り巻く環境の多様性は増してくるでしょう。

 

多様性にはアップサイドもあればダウンサイドもあります。かつてない面白い経験ができるチャンスも増えるかもしれませんが、それは現状の自分では理解しがたい事、受け入れがたい事が増える事と切り離せません。

 

こうした世の中を気持ちよく生きていこうと思えば、自身の変身資産を高めていくことは極めて重要です。

 

1)生産資産を高めるための読書

 

2)活力資産を高めるための読書

 

3)変身資産を高めるための読書

 

 

自身の最近の読書は、3)の比重を高める事を意識しています。

 

無論これは簡単ではなく、長く生きて色々な経験を積めば積むほど、自分の型というものが出来てくるので、変身資産を高めるにはより意識的な努力が求められます。

 

ただし、いたずらに変化を求めれば良いというものではありません。

 

変えるべきもの、変えるべきでないもの

 

これについてはしっかりと熟考する必要があり、これに関してアメリカの神学者ラインホールド・二ーバーの「祈り」という詩が示唆に富んでいるので、最後にこちらを紹介して終わろうと思います。

 

 

神よ

 

変えることのできるものについて、

 

それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

 

変えることのできないものについては、

 

それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ。

 

そして、

 

変えることの出来るものと、変えることのできないものとを、

 

識別する知恵を与えたまえ。

 

 

 

 

年間100冊読書、5年目の記念碑ブログにつき、少々ボリューミーになりました。

 

ここまでお読み頂きありがとうございます。

 

 

江古田Music School代表 

 

銀座ST.SAWAIオリオンズ 専属ピアニスト

 

 

岩倉 康浩