日本人のための日本語文法入門 | 酒場ピアニストがんちゃんのブログ - 読書とお酒と音楽と-

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昼はジャズ・ラウンジピアノ講師 (江古田Music School 代表)

夜は銀座のBARピアニスト(ST.SAWAIオリオンズ専属)

コロナ禍ではジャズの独習用eラーニング教材を開発してサバイバル

そんな筆者が綴る、ブックレビューを中心とした徒然日記です。

 

■日本人のための日本語文法入門

 

著: 原沢 伊都夫

 

「サピア・ウォーフの仮説」という概念をご存じだろうか?

言語相対性理論とも呼ばれる概念で、端的に言えば「言語の構造は、その言語の話し手の認識や思考様式を条件づける」、あるいは「言語はその話者の世界観の形成に差異的に関与する」というものであり、この概念の2人の提唱者エドワード・サピアと、ベンジャミン・リー・ウォーフの2人の名前をとって、サピア・ウォーフの仮説と呼ばれている。

 

と、エラそうに書いてみましたが、実は本書を読むまでこの概念を知りませんでした。でも、言われれば

「さもありなん」と思える所が多い、非常に含蓄に富んだ概念のようにも思えます。

 

よく日本人は「結論を言葉ではっきり示さない」とか、ゆえに「腹芸」とか「察し」が必要だとか言われますが、そのニュアンスはなんとなく分かっても、その理由を言語的な観点から説明できる人は少ないと思います。それもそのはず、そもそも日本語文法を体系的にしっかり理解して、人に説明できる日本人は人口割合にしてどれぐらいいるのでしょう?

 

英語であれば、多くの方が文法から体系的に義務教育の形で学んでいるので、レベルの差はあれ、何らかの形で英文法を理解しているでしょう。ところが、日本語文法となると、私も含めて意外と分かっていない人は多いように思えます。「サ行変格活用」だとか、「連体形」とか「已然系」とか、国語の時間に習った記憶はあるものの、そういった枝葉の部分でなく、英語でいう5文型のような、言語構造の根幹的なものを習った記憶はないのです。

 

習ったけど忘れてしまっただけなのかな? とも思いましたが、あながち物忘れでもないようです。

 

『なぜ学校文法と日本語文法には違いが存在するのでしょうか。それは、学校文法は学習する人が日本の小学生や中学生で、国語という教科のなかで古典の流れをくむ国文法として教えられるからです。ここでは、言語学的な観点よりも、古典との継続性における形式的な面が重視されるのです。これに対し、日本語文法は、日本がわからない外国人が日本語を話すために必要な知識として教えられます。つまり、日本語を話すための道具として、論理的で合理的な体系が求められるわけなんですね。』

 

~本書のカバー(そで)に書かれた引用文より抜粋~

 

どうりで、言語構造としての体系的な日本語文法知識がないわけです。

高校時代に同じ疑問を抱き、大阪梅田のだだっ広い紀伊國屋書店に日本語文法の本を探しに行った事がありますが、あまりに小難しそうで、分厚いページに細かい事を書いた本ばかりで早々に断念した苦い記憶が蘇りました。(当時は兵庫県西宮市在住)

 

それから二十余年、ふとしたきっかけで本書を手にとるわけですが、その内容のなんと分かり易い事! 

きっとあの頃探していたのはこんな本だったはずであり、40歳の自分が読んでもとても面白く読めました。

 

本書は講談社現代新書なので出版コンセプト的にも難しい内容ではあり得ません。しかし、日常的に運用している日本語ながら※「目からウロコの内容」もままあり、中々面白い知的遊戯も楽しめました。

 

 

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※目からウロコの内容 

 

備忘録がわりに、本書を読んで「面白い!」と思ったエッセンスを断片的にいくつか紹介します。

 

ex.『この章では自然中心の自動詞と、人間中心の他動詞の特徴について見てきました。日本語は何度も言ってきましたように、自然中心の自動詞使用が多いのが特徴です。(中略)

 

小野隆啓さんは、「主語指向型言語である英語では、動作主に焦点を当てて、動作主が何をするという

表現をするのに対して、話題志向型言語である日本語では、動作主は表面に表さずに、あたかも『自然な成り行きでそうなった』というような表現を好むのである」と言っています。(中略)

 

池上嘉彦さんという言語学者は『「する」と「なる」の言語学』のなかで、英語には「動作主指向的」な傾向があり、日本語には「出来事全体把握的」な傾向があると指摘しています。そして、「する」的な言語と「なる」的な言語という対立は、言語類型学的に見ても、きわめて基本的な特徴であることを示唆しています(以下略)』~本書P.72~74より抜粋

 

冒頭で紹介した「サピア・ウォーフの仮説」にも通ずる面白い話です。本書では、具体的な例文(日本語、英語両方)も付けて解説されていますので、より楽しむことができます。

 

比較的新しい国語論のトレンドとして、こんな話も紹介されています。

 

ex.『丁寧語や尊敬語、謙譲語をまとめて敬語と呼びますが、2007年にこの敬語表現について大きな変化がありました。それは文化審議会国語分科会の答申により、新しい「敬語の指針」が発表されたからです。敬語はそれまで「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」という3つの区分で説明されてきましたが、指針では、この分類を細分化し、5つの分類を提示したんです。どのように分類したかと言うと、尊敬後はそのままで、謙譲語を謙譲語Ⅰと謙譲語Ⅱ(丁重語)に分け、丁寧語に美化後という分類を付け加えたんですね。 (以下略)』~本書P.164~165より抜粋

 

日本語文法の解説としては、こんな感じです。

 

『日本語文を家に喩えるなら、成分と述語は家の骨組みを作る柱と土台になります。格助詞はそれぞれの柱を土台に固定するためのボルトのようなものです。このボルトがなければ、骨組みとなる柱を組み立てることができません。(中略)格助詞というボルトによって、それぞれの成分は述語と結ばれ、そのボルト(格助詞)の種類によって、術後との関係が決定されるわけです。(中略)

 

このボルト(格助詞)の種類は全部で9種類あり、ガ格、ヲ格、二格、デ格、ト格、へ格、カラ格、ヨリ格、マデ格と呼ばれます。ガ格は主語、ヲ格は目的語、二格は場所や時や到達点、デ格は場所や手段・方法や原因・理由、ト格は相手、へ格は方向、カラ格は起点、ヨリ格は起点や比較、マデ格は到達点、などを表します。この9つの格助詞を覚えたいという人には「鬼までが夜からデート(ヲ/二/マデ/ガ/ヨリ/カラ/デ/ヘ/ト)」という語呂合わせがあります(以下略)』 ~本書P.21~22より抜粋

 

そして、これを受けて「は」と「が」の違いが解説されます。(説明できますか?)

 

『「~は」は格助詞ではなく、ある特別な働きをもった助詞だからなんです。今ここで見ている文型は格助詞によって構成されますが、格助詞というのは述語とそれぞれの成分をつなげる役目を担ってましたね。これに対し、「~は」は文の主題を表します。主題というのは、文の成分のなかから話題の中心として特に選ばれた成分で、術後との関係で決定されるわけではないのです。(以下略)』~本書P.27より抜粋

 

そして「は/が」について、後に感動的な説明がなされます。

 

『「は/が」の使い分けにおいては、この「旧情報」と「新情報」が重要なポイントとなるわけです。

この新旧の情報の違いを説明するときによく引き合いに出されるのが、昔話「桃太郎」の冒頭の部分です。読者の皆さんも(  )のなかに、「は」と「が」のどちらが入るか、考えながら読んでみてください。

 

昔々、ある村におじいさんとおばあさん(  )住んでいました。ある日、おじいさん(  )山へ柴刈りに、おばあさん(  )川へ選択に行きました。

 

日本人であれば、最初の括弧には「が」を、その後の2つには「は」を、入れたはずです。なぜ入れたのでしょうか。それは、まさに新情報と旧情報の違いによって入れ分けたからなんですね。昔話の語りはじめの部分では、聞いている人にとって「おじいさんとおばあさん」は、新しい情報になります。したがって「が」を入れたわけです。しかし、いったん紹介されると、今度は古い情報になるわけですから、その後は「は」を入れたということになるんです。皆さんは、これを無意識的にやっていたわけです。

 

これは、じつは英語の不定冠詞(a/an)と定冠詞(the)の使い方とまったく重なっているんですね。先の例文を英語にするとこんな具合です。

 

Once upon a time, an old man and an old woman lived in a small village. One day the old man went to the mountain to gather firewood and the old woman went to the river to wash clothes.

 

(中略)

 

日本人にとって難しいとされる英語の冠詞もこうやって考えると、何かわかりやすく感じるようになりませんか。じつは「は/が」の使い分けも同じで、英語の冠詞の使い方と同じであることを教えてあげると、英語圏の学習者はずいぶん気が楽になるようです。もちろん、「は/が」と冠詞の使い方がすべて一致するわけではないんですが、少なくとも重なる部分があることに気づくことで、自国の言葉にはまったく存在しない文法現象ではないことを知るきっかけにもなるわけです。以下略』~本書P.153~155より抜粋

 

 

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いかがでしょう?

 

なかなか面白いと共感して頂ければブックレビューを書いた甲斐があるというものです。

 

上に引いてきたのは抜粋なのでかえって読みにくいかもしれませんが、実際の本文の中では「桃太郎」の例のように例文付きで分かりやすい解説も添えられているので、よりスラスラ読めて伝わるようになっています。

 

本書は本文で202ページ、新書につき知のエッセンスがコンパクトに得られるようになっています。GWに普段あまり意識することのない日本語文法について本書とともに考えてみるのも、面白い時間の使い方かもしれません。ご興味があれば是非手にとってみては♪