地震が憎い | 行政書士へと続く日々の挑戦

地震が憎い

能登半島地震の被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。



よりによってこの寒さの中、どうしてこんな事が起こってしまうのか。言っても何も変わらないですが、地震が憎くて憎くて仕方ありません。



余震とは言えないような強い地震が断続的に続くのって、きっと本当に怖いですよね。さらに、ライフラインが閉ざされ、雪が降り積もる寒さで、想像できないほど大変だと思います。特に体力が弱い方々の体調が心配です。震災関連死のリスクが高く一刻も争う中です。早く必要な物資とあたたかな食べ物が届きますように。住むところが確保できますように。

そのためにも、決断すべき立場の人が迷わず必要な決断を早急にしてほしい。



ニュースでみたときに、お年寄りが、首から上がそのままで布団に横になっておられましたが、盲点として顔の周りがスースーして寒そうにみえたので、柔らかいマフラーなどで、息が苦しくないように十分気をつけて、フェイスラインを覆ってあげてほしいと思っていました。ほっぺも額も顎も寒さから守ってあたためてあげてほしい。



経験上、辛い事態が良くなるのを待っているときって、時間がいつもより長く感じると思うのですが、今だけが全てではないはずです。どうか必ず状況が良くなると信じて乗りきっていただきたいです。

そして、少しでも早く、あたたかなところで、安心して暮らせることを祈っています。




生まれたときから宮城県に住み、311に被災した私にとって、地震の恐怖とその後の辛さは、何年経とうと、常にどこか意識の奥に重く居座り続けてきました。



今年の元旦に地震速報が鳴り、ニュースで石川県の地震の大きさや被害を知るにつれて、心が何か黒いものに覆いつくされ思考が自動的にストップしました。



311を経て、自分たちがここにいる現実は奇跡でしかなく、もし何かが少しでも違っていたら、違う結果になっていたと思うと怖くなるので、被災したことは意識して思い出さないようにしてきました。

だから、ほとんど忘れているはずなのに、全てが蘇ってきて、辛くなりました。



私が勝手に辛くなっている間にも、それどころじゃない目にあっている方々がいる現実を突きつけられ、普段通り生活はしているのに、頭のどこかが全く動いてないようなそんな感じで数日過ごしました。



そんなとき、私の好きなサンドウィッチマンさんや、私の推しのTOBEメンバー(社長の滝沢さんや三宅さんは、今までも何度も被災地で炊き出しなどのボランティアをしてこられ、ノウハウに詳しいそうです。きっと、日頃から有事の際はすぐ動けるように準備されていたのかなと推察します。)など、いろいろな人たちが、瞬発力と経験に基づいた的確な判断力と行動力で、率先してそれぞれの方法で具体的に動いていることを知りました。



様々な考え方があるでしょうが、人のために何とかしたいという気持ちで、どんなことが現地の人々の助けになるか考えて寄り添い、そして即実行する勇気と思いやりを、私は心から尊敬します。

こういう非常の際、温かい食べ物がどんなにほっとすることか。



311のときも、いろいろな形で芸能人やスポーツ選手の方々が炊き出しやボランティアで来てくれたと知ると、本当に嬉しかったです。

実際に会えなくても「わざわざ来てくれたんだ」って、温かな気持ちになり、すごく勇気づけられるんですよね。



今回の彼らの行動を知って、私のストップしていた思考がようやく動き出し、私に出来ることはごく限られているけれど、それでも何か少しでもできることをしようと、やっと思えました。



その場にいなくても、何か力になりたい、助けたい、思いを届けたいと感じている人が日本中、世界中にたくさんいると思います。その思いが現実のものとして形となり必要な人に必要なだけ早く届きますように。どうかご無事を祈っています。