ロックが過去から未来へ向かう、ビートという方舟だとするなら。
ヒップホップはその方舟に乗って旅をする言葉たちだろう。
KENDRICK LAMARのセカンド・アルバム『TO PIMP A BUTTERFLY』、意味は「食い物にされる蝶」だ。「THE BLACKER THE BERRY」では、自身を「2015年最大の偽善者」と宣言している。人種差別のリアルを生々しく綴ったHIP HOP作品とでも言おう…
始まりは「WESLEY’S THEORY」
歌詞に登場する俳優のウェズリー・スナイプ、彼は脱税容疑で逮捕されている。
その真意はわからない。ただ、かくも人種差別の脅威とは、人に天使と悪魔を突きつけてくる。
本作のOutroの最後で語られる話で、成功する前の黒人を青虫、成功後を蝶に喩えている。ウェズリーを蝶の側とするなら、彼は食い物にされたと言えるだろか…
「FOR FREE?」はジャズ・サウンドをバックにケンドリックのフリースタイルなライムが翔ける。「KING KUNTA」では、プロデューサーのドクター・ドレー色のトラックにファンク・グルーヴが強く響く。ここに、エミネムとはまた違った、ケンドリックとブラック・ミュージックとの近接点が示されているのではないか。
「INSTITUTIONALIZED」では、ビラルが《行いを改めなければ何もかわりゃしない、ニガ》とライム。この言葉がひとつのキーワードとなる。
2014年にアメリカで起きた白人警官による黒人男性の射殺事件。この事件に対してケンドリックは、自分(アフリカ系アメリカ人)たちが自尊心を持てないのに、相手(白人)がこちらをリスペクトしてくれるはずがない。まず自分の心の中から始めなくてはいけない。というようなコメントを出し、その結果、他の黒人アーティストから激しい非難を受けることになった。だから彼は自分を偽善者だという。
そして、「THESE WALLS」のOutroで本作のウィーク・ポイントとなる思いがケンドリックの口から発せられる。
それは、自分自身の中にある葛藤と向き合うことだった。ここから本作は次の局面へ走り出す。
「U」では友達の死とそれに対しての罪悪感を通過し、「ALL RIGHT」では、今の成功と黒人としての葛藤 をファレル・ウイリアムスとともに、《ニガ、俺たち大丈夫さ》と自分を落ち着かせる。続く「FOR SALE?」では堕天使ルシファーとケンドリックの心の戦いが始まった。
場面は「MOMMA」へ。アフリカのリズムが、そこに壮大な大地を垣間見せる。自身のふるさとへ心の旅することで、そこに育つ新しい命と対話をすることになる。
「HOOD POLITICS」のOutroで《自分だけが生き残った罪悪感》を抱え、新たな戦いが始まる。
その始まりの象徴的な瞬間を切り取った部分が「HOW MUCH A DOLLAR COST」あの、RADIO HEADの「PYRAMID SONG」をサンプリングし、まだ先の見えない旅立ちを《1ドルの真の代価》と 自分の価値を交差させていく。
続く「COMPLEXION」人種差別の最たるテーマである、肌の色とその代償について語られる。
さらに、前述した「THE BLACKER THE BERRY」は、ヘヴィーなトーンで、言葉が弾丸の様に打ち付けられる。ロックのビートがこの曲に含まれる怒りの因子を増幅させていることは明らかで、怒の表現では、ロックの右にでるものはいないと改めて思わされた。
リリックは、最もシリアスなメッセージとして捉えることができる。
成功した自分を偽善者になぞらえ、全ての黒人との対話をしつづけた先に、何かが見えてきたような気がしてくる。本作のハイライトと言っていい。
作品はクライマックスへ「YOU AIN’T GOTTA LIE(MOMMA SAID)」はニガーであること、それに付随する色々なことについて、嘘をつく必要はないと母なるアフリカが再び諭す。
「I」では、ついに「ケンドリック・ラマー、間違いなく、いま最もリアルなニガだ」と言い放った。
ラストの「MORTAL MAN」では、すべてのファンと対話をしていく。《何が起こっても、まだファンでいてくれるかい?》ここに含まれるセンチメンタリズムには、ケンドリックがごく普通の若者と変わらない価値観を持ち合わせていることも感じることが出来る。これを簡単なシュチュエーションにおきかえるとするなら、”SNSで言葉にした事柄すべてが嘘でも、まだ友達でいてくれるか?
”ということじゃないだろうか。
最後のOutroでは、ケンドリック・ラマーと亡くなった2パックの疑似対話で二つの見解が示される。ひとつは、2パックの”俺たちはラップしてるんじゃなくて死んだホーミーたちのストーリーを、俺たちのために語ってもらってるだけなんだ”という発言。ロックは先人の作り出したビートを受け継いでいるが、ヒップホップはそのビートに挟まれた、言葉の欠片を受け継いでいくためにあるのかもしれない。先人の願いや祈りと共に。
もう一つは、ケンドリックの友達が言い表して書いたというもので、成功した黒人を蝶に、その前の姿を青虫に。ただ、《ふたりはひとつでありまったく同じなのだ》ということ。
この作られたハリボテのコロニーで、成功したいと願うことや、失敗の恐怖心に駆られて進んでいる自分たち。でも、本当はどちらも愛して欲しい…のだ。
パブリック・エネミーはマルコム・Xの言葉を、ケンドリックはネルソン・マンデラの言葉を、受け継いでいく。
ケンドリック・ラマーのラップ・スキル、という側面で語ることを今はしない。むしろ彼の魅力は、物語の一登場人物として役割を全うすることで、この作品中の真実を浮き彫りにし後世に伝えようとする。そこにある慈愛こそが、ケンドリックの持つ個の力なのではないか。
これは、ヒップホップという手法を借り、2015年の世界的な人間関係を浮き彫りさせた、墓標的な作品である。
To Pimp a Butterfly/Aftermath

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