ドキュメンタリー制作 ~編集段階~ | 踊る鍋奉行エリックスのブログ

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Woah Billy!
What a nice this world is!

前回に引き続きドキュメンタリー制作について語ります。
今回は編集段階で何を考えて編集したかについて語ります。

このドキュメンタリーを編集していく上で私が重視していたのは
見た人に何を伝えたいか。

はじめに言った通りドキュメンタリーを撮り始めたきっかけが
自分の高校時代に親や先生などの周りの大人に不信感を持っていた事でした。
大人がちゃんと話を聞いてくれないそんな現代社会の環境を
この作品を通して少しでも変えていければ良いと思いました。
だからターゲットは大人。
それも高校生の話をちゃんと聞かずに固定概念で判断するような大人。
そんな大人がこの作品をみて少しでも高校生の話をもっとちゃんと聞いてみようとか
思ってくれたらいいなという目標で作品を作ろうと思いました。
さらに、現役の高校生
悩みを抱えた高校生が見ても
自分以外にも同じような思いをみんな抱えてるんだって
励まされるような作品にしたいと思ったので
エンディングは明るく励ますような終わり方という事は決めていました。

じゃあオープニングはどうする?
オープニングとエンディングがやっぱり作品では一番大切だと思います。
エンディングは明るく終わらせる事で決めていましたが
オープニングはどうするか考えが思いつきませんでした。
でも一般人の大人をターゲットにしているなら
・まず一般的な今時の高校生っぽさを連想させて
・中盤でちゃんと話を聞けばいろいろしゃべってくれる様子
・最後に高校生を応援するような明るいエンディング
という構成にする事で
一般人が見た時に
・今どきの高校生
・話を聞けばちゃんと話す
・じゃあちゃんと話を聞いてみようか
という持っていき方にできると考えました。

というわけでオープニングは
取材対象者の女の子が発した言葉の中から
いわゆる今時の高校生っぽい言葉を並べました。
だるい
めんどくさい
普通に
ありえないんですよ
それを人ごみの映像に会わせて
見ている人に今時の高校生は・・・
というステレオタイプをまず連想させようと考えました。

作っていながら正直取材対象者の女の子には悪いなと思いました。
彼女の悪い言葉ばかり並べて高校生はだるそうにしている
というイメージをはじめにもってきてしまう。
彼女の言葉を使ってステレオタイプを引き出してしまう。
彼女には悪いなと思いながら
でも
見ている人にまずステレオタイプを想像させて
見ているうちにちゃんと考えている様子を見せたかった
だから彼女にはその旨をちゃんと説明すればいいと思った。
こういったオープニングはテレビでもよくあるし
しっくりこないところもあるけど
まあ編集していくうちに納得するだろうと思った。

そんな状態でたまたまドキュメンタリー制作の先生が教室に来たので
問題のオープニングを見せたら
テレビ的すぎる
なんで人ごみの映像にしたの?
彼女のドキュメンタリーなんだから最初からもっと彼女を出したら?
と言われた。
先生みたいにガツガツ駄目だしする人は今まであった事がない。
要はこれじゃ「彼女の事を考えたの?」というようなオープニングだそうだ。
その時は
うーん・・・確かに・・・
でもこれ以外に考えようがないからなぁ~
と思った。
だから
「大人が見た時にまず今時の高校生を連想して
それから話を聞けばちゃんと話せるってゆうプロセスにしたいんです」
って言ったけど
まだ先生は
「これじゃテレビ的すぎる。
もっと大学生のあなただから作れるものにしたら?」って言った。
よくわからなかった。
意味もよくわからなかったし
どうすればいいのかよくわからなかった

私は大人が見て高校生もちゃんと考えてる事がある事を分かってほしい
今時の高校生は・・・ってゆう固定概念を取り払いたい
だからこそまずステレオタイプを出すべきだと考えた。
それは間違ってないと思う
けど何かがしっくりこない
このオープニングは確かに違う
自分でもこれじゃ何かが違うとは思っていた
けどどうしたらいいのかわからなかった。