太陽活動と気候変動② | さまようブログ

太陽活動と気候変動②

このエントリーは「太陽活動と気候変動① 」の続きです。すっかり遅くなりましたが・・・。


 さて、ニュースになった論文がPNASで公開されました。

http://www.pnas.org/content/early/2010/11/08/1000113107.abstract

 残念ながら無料記事ではありませんが・・・。


 この論文中には図が4つ出てきます。この図を解説する形式で話を進めていこうと思います。


図1:酸素同位体比と気候要素の相関について

 いきなり貴重な古木を用いて実験することはできません。まずは、ここ100年くらいの気候を、木材に含まれる酸素同位体比を用いて再現してみましょう。100年程度であれば気象観測も整備されているので、データの信頼性も検証できます。

 まず、木材に含まれる酸素同位体比を分析します。年輪ごとに材を切り出し、それぞれについて酸素同位体比を分析していくという、なんとも大変な作業です。今回、試料は2つ。奈良で伐採した杉と、滋賀で伐採したヒノキです。

 こうして得られたデータと、気象庁が観測してきた気象データ(温度、湿度、降水量)を比較していきます。奈良の場合は1938~1993年、滋賀の場合は1881~1993年のデータを用いています。

 その結果、酸素同位体比と湿度に強い負の相関(酸素同位体比が大きいと湿度が低い)ことが分かりました。湿度ほどはっきりしていませんが、気温とも正の相関(酸素同位体比が大きいと気温が高い)がありそうです。降水量は、いちおう負の相関がある傾向はありますが、かなり弱そうです。

 木材に含まれる酸素同位体比は気候要素を反映していると言えそうです。


図2:酸素同位体比と気候要素の相関、その地理的分布

 酸素同位体比と気候要素(特に湿度)に相関があることは分かりました。ところで、たとえば北海道や九州の気候と、近畿地方の木材に含まれる酸素同位体比には相関があるのでしょうか?

 日本全国96地点の気象観測データと、杉の酸素同位体比から再現した気象データを比較してみると、関東~九州にかけて、湿度はかなりよい相関がありそうです。東北・北海道や沖縄との相関はあまりよくありません。

 図1、図2から、杉の木に含まれる酸素の同位体比は、その土地の過去の気候(特に湿度)をよく反映していると言えそう。


 それではいよいよ、貴重な古木を用いて過去の気候を再現してみましょう。


図3:室生寺の杉と古気候データの相関

1612年~1760年にかけての5つのグラフが併記されています。

A:室生寺 の杉の酸素同位体比を分析した結果

B:グリーンランド南部の気温

C:北半球平均気温

D:太陽の黒点数および木材から抽出された14Cの量(太陽活動が低調だと宇宙線が多く地球に到達し、14Cが多く生成する)

E:アイスコアに含まれるベリリウム同位体10Beの量から推定した宇宙線の強度(10Beは、地球大気と宇宙線が衝突して生じるので、宇宙線が強いほど10Beが多いことになる)

 これらを比較すると、

・室生寺の杉の酸素同位体比と、グリーンランドの気温と、北半球平均気温は、相関がある。

・これら3つの気温が低い年は、10Beが多い。よって、気温が低い年は宇宙線が多く地球に到達していると言えそう。

・マウンダー極小期には、太陽の極性(注1)が負の時に宇宙線が多く到達(=気温が低い傾向)する。ただし、通常は極性が正の時の方が気温が低い傾向がある。


図4:マウンダー極小期における14C量と酸素同位体比の重ね合わせ

 14C量と酸素同位体比を並べて書いてみると、 太陽極性が負になった年は14Cは多く作られるのに対し、酸素同位体比は小さくなっています。これは、宇宙線が地球に多く到達し、それを要因として14Cは多く作られ気温は低下することを示唆する。


 という感じになっています。

 さて、これを読んでどう思われるでしょう?「近い将来ミニ氷河期が来る」なんて一言も書いてないことは間違いありません。この研究の主題はあくまでも「太陽活動と気候には相関がありそう」ということに尽きます。

 そう書くと「太陽が温暖化の原因なの?」と思ってしまいそうですが、そうではありません。太陽活動と気候に相関があるとしても、それが"現在の"気候変動の"主要な"原因だとは言っていないのです。

 仮に宇宙線が地球に多く到達することを原因とする気温低下が起きうるとしても、その気温低下幅は小氷期の例を考えると1℃未満にすぎません。これは、予測される気温上昇幅(2100年までに+1.8~+4.0℃)に比べ小さく、しかも太陽活動低下はいずれ終息します。
 

 結局、今回の研究を、現在の温暖化とからめてニュースにするのなら、

 太陽活動の変化に伴い地球に到達する宇宙線が変化し、これが気候に影響を与える可能性が今回の研究により示された。ただし、それが現在進行中の気候変動の主要な要因と言うわけではない。

 くらいになるのかな、と思います。

 なお、この件に関する考察をmacroscopeさんがされています。こちらもぜひご覧ください。

http://d.hatena.ne.jp/masudako/20101118/1290067118


注1:太陽も地球と同様磁場を持つが、11年に一度逆転する。一方を極性が正、他方を極性が負、と表現する。ただし、マウンダー極小期にはこの周期が14年になっている。