氷期における熱塩循環 | さまようブログ

氷期における熱塩循環

 以前 、熱塩循環というものをご紹介しました。北大西洋で深海に潜り込んだ海水が長い時間をかけ循環し、太平洋やインド洋で表層に浮上するという大循環です。これにより、地球の気候はずいぶん穏やかなものになっています。

 熱塩循環の駆動力は、海水の塩分。塩分が多い海水は重いので海底に向けて沈み始めるのです。ところが、氷期の終わり、北米大陸の氷床が大規模に融け始めると、北大西洋に大量の真水が流れ込み、熱塩循環は停止もしくは弱まった、とされていました。

 ところが、Science(DOI: 10.1126/science.1190612)に、北大西洋の熱塩循環が停止している間、北太平洋を基点とする熱塩循環が発生していたのではないかとする論文が発表されました。JAMSTEC、ハワイ大学、東京大学、リエージュ大学(ベルギー)の共同研究で、ハワイ大のHPにプレスリリースが公開されています。

http://iprc.soest.hawaii.edu/news/press_releases/2010/ice_age.pdf



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図1:氷期最盛期の熱塩循環(左図)と、この論文で推定された氷期末期の熱塩循環(右図)。氷期最盛期には、現在と同じく主に北大西洋で海水が潜り込むが、氷期末期には北太平洋で海水が潜り込んでいる。また、南極海からの潜り込みも強い。ハワイ大のHPより。



 今から1万7500年前~1万5000年前にかけ、北米の氷床(ローレンタイド氷床)から大量の岩石が流出するという出来事がありました。ハインリッヒ・イベント と読んでいます。氷河が大規模に融け、それに伴い岩石が陸から海に運ばれたものと考えられます。

 ハインリッヒ・イベントの間、北大西洋の堆積物に含まれるプロトアクチニウム/トリウム比は大きく上昇しています。プロトアクチニウム(Pa)もトリウム(Th)も、ウランが分裂して生成するのですが、PaはThに比べ沈降しにくいという特徴があります。ということは、海流が強いとPaはThより遠くに流されやすくなり、沈降するPaは少なくなることになります。Pa/Thが大きいということは海流が弱かったことを意味しており、ハインリッヒ・イベントの間北大西洋の海流は弱かったことになります。

 一方、北太平洋。堆積物に含まれる渦鞭毛藻 化石を分析すると、ハインリッヒイベントの間、北東太平洋の表層水温は高く、塩分濃度も高かったことが明らかになりました。また、ハインリッヒイベント終了直後ベーリング海に住む嫌気的な生物が急に増加していたことも分かりました。

 他にもさまざまな根拠があり、これらを総合して導き出されたシナリオが、

・北東太平洋で深海に潜り込む循環がハインリッヒイベントの間は存在し、イベント終了時この循環は停止した

 というものです。この結果は、シミュレーションによっても裏付けられました。ただし、この北太平洋起源の熱塩循環は、現在の北大西洋起源の熱塩循環に比べるとかなり弱いものであるとも予測されたそうです。


 ハワイ大のプレスリリースでは、「地球は予備のジェネレーターを持っている」と表現しています。うまい表現だな、と思います。

 北大西洋の熱塩循環が停止することは全地球の気候に多大な影響を与えます。しかし、即座に北太平洋の熱塩循環が取って代わることで、気候に与えるインパクトを緩和していたのではないかとも指摘されてます。

 さらには、太平洋深層水に含まれていた膨大な量の二酸化炭素を大気中に放出することで温室効果が強まり、これが氷河期の終わりを加速させた可能性も指摘されています。

 

 なんとも壮大な話です。読んでいてドキドキしました。科学系のNHKスペシャルあたりで取り上げられるような話じゃないかな、などと思ったりします。