マラリアは拡大するか | さまようブログ

マラリアは拡大するか

 マラリア は、年間に数億人が罹患すると言われ、最も重要な伝染病の一つと言えます。

 マラリアは蚊(ハマダラカ )が媒介するマラリア原虫が原因で発生する病気です。ハマダラカはあまり寒いところでは活動できないため、感染者は熱帯・亜熱帯地方に集中しています。ということは、気候変動により温暖化した地球では、マラリアの分布は拡大するのでしょうか?


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図1:ハマダラカの棲息地域。主に熱帯や亜熱帯に多い。ただし乾燥地域には棲息しない。



 今週のNatureに、気候変動に伴いマラリアの流行はどのように変化するかを論じた報告がありました(doi:10.1038/nature09098)。 この100年、地球は温暖化したにも関わらず流行地域は縮小し、流行地域での感染率も減少したことを定量化した上で、

・すでにマラリアの感染率や死亡率が上昇しているという主張は妥当ではない

・将来、温暖化によりマラリアが深刻化するという予測は妥当ではない

 と結論付けています。


 IPCC AR4を見ると、以下のように記されています。

「マラリアに関しては、色々な予測が行われている。地球規模では、新たにリスクに曝される人口は2億2,000万人(A1FI)から4億人(A2)の間と推測されている。アフリカについては、アフリカ南・東部における2020年時点での感染の減少や、高地での局地的な増加を伴う、サヘル周辺とアフリカ南・中部での2080年時点での感染の減少から、すべてのシナリオにおけるマラリアに曝される人・月数の2100年時点での16~28%の増加まで、予測は色々である。英国、オーストラリア、インド、ポルトガルでは、いくらかのリスク増大が推測されている。(環境省による技術要約確定訳より)」

 やや分かりにくいですが、マラリアは温暖化により深刻化すると言っているようにも読めます。これは、ヒマラヤ氷河の件と同様、IPCCのミスなのでしょうか?

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図2:以前も示した 、気候変動が健康に与える影響の予測図。


 

 まず、以前書いた通り、気候変動そのものではなく気候変動が要因で起きる現象の予測は極めて難しいものです。「将来、マラリアが深刻化する」とIPCCは断じていたわけではないことは注意が必要です。(2007年の段階で)諸説あったということです。「IPCCはマラリアが深刻化すると言っていた、IPCCは間違っていた」と言う人がいれば、それは勘違いであることに注意が必要です。


 

 地球の平均気温はすでにこの100年ですでに約0.7℃上昇しているにも関わらず、流行地域はむしろ縮小しています。1900年ごろ、マラリアはシベリアや北欧まで分布していました。しかし2007年現在、ユーラシア大陸で流行が見られるのはインド亜大陸やインドシナ半島に限定されています。また、1900年には、高度流行(holoendemic)地域とされていた熱帯アフリカは、2007年には大部分が低流行(hypoendemic)地域に格下げされています。

 マラリア感染者が増加した地域はごくごく一部であり、世界の大半の地域はマラリア感染者の比率が減少(あるいは撲滅)しています。 

 


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図3:1900年~2002年にかけてのマラリアの流行地域の変化(nature掲載図とは異なる図です)。時代と共に流行地域は縮小している。Marian Koshland Science Museum より。なお、ここでは流行があるかないかだけを図示しているが、流行地域における流行の深刻さもほとんどの地域で改善している。


 

 注意しなくてはならないことは、気候変動によるマラリア感染のリスクは、「現実の」マラリア感染のリスクとは異なるということです。

 気候変動により温暖化すれば、マラリアを媒介するハマダラカが棲息可能な環境は拡大することは疑いのない事実で、マラリア感染のリスクは増加する方向に働きます(ただし、あまりに暑すぎたり乾燥しすぎていたりするとハマダラカは棲息できなくなるので、マラリア感染のリスクが減少する地域もあります。)。

 しかし、気候変動によるマラリア感染のリスク拡大よりも大きい、別の要因があればどうでしょう。公衆衛生の改善がなされることで、ハマダラカの生息域が狭められることも大いにありそうです。そして、その効果が気候変動によるリスク拡大より大きければ、結果としてマラリア感染者は減少します。

 例えば、日本ではもうあまり使われなくなった蚊帳ですが、アフリカではマラリア対策として広く普及し 絶大な効果を上げているとされます。当然、医学の進歩もあります。20世紀のマラリア流行地域の減少は、公衆衛生改善など人為的な要因ががマラリア拡大の自然要因を上回った例なのです。


 natureの論文は、気候変動によるマラリア感染拡大のリスクより、公衆衛生改善などの効果がはるかに大きいことを定量的に示した論文です。「温暖化してもマラリアは深刻化しない」ということを述べている物ではありません。

 この論文の主眼は、

・気候変動の影響より、公衆衛生改善などの対策のほうが大きく効いてくる。人為的な影響のほうが2桁ほど大きい

・したがって、気候変動によるマラリア拡大対策を取れば、感染拡大を押さえ込む(それどころかさらに縮小させる)ことは十分に可能

 ということであり、むしろ、対策の重要さを示す論文なのです。