温暖化は感染症を拡大させるか
http://www.asahi.com/science/update/0426/TKY201004260162.html
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100423001&expand&source=gnews
元論文はこれですね。
http://www.plospathogens.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.ppat.1000850
今年になって急に話題になったというわけではなく、以前から警告はされていました。CDC(アメリカ疾病予防管理センター) は昨年度に詳細なレポートを発表しています。
http://www.cdc.gov/EID/content/15/8/1185.htm
一般のクリプトコッカス症 は毒性は弱く健康な人が発症することはまずありません。しかし今回のクリプトコッカス・ガッティによる感染症は極めて毒性が強く、発症するとその致死率は25%に達するそうです。
図1 オレゴン州およびワシントン州の流行マップ。○が人間、□が動物の発症を示す(この真菌症は人畜共通)。色は遺伝子型の違いを示す。
さて、この熱帯起源の感染症の拡大は、やはり地球温暖化の影響なのでしょうか。
2004年のPNAS(doi: 10.1073/pnas.0402981101 ) に、バンクーバー島でC.gattii症が発見されたという報告がなされていました。ここでは、
・カナダでも地球温暖化に伴い平均気温は上昇している。特にバンクーバー島東岸では、高温で乾燥した夏と温暖で湿潤な冬がもたらされており、これがC.gattiiがコロニーを維持するのに適した環境をもたらしている。
・しかし、(この報告が出された2004年の時点で)気候が良く似ているワシントン州などでクリプトコッカス症が増加している証拠はなく、バンクーバー島の微気候の変化が影響している可能性が高い。
・気候とC.gattiiの増加の関連性は今後の研究の結果が待たれる。
などと考察されています。2004年の段階でバンクーバー島の一部でしか見られなかったC.gattiiによる感染症が拡大していることは、バンクーバー島特有の現象ではなく、やはり地球規模の気候変動によりC.gattiiが生存しやすい環境が拡大したことが一因であるとするのが妥当であるように思えます。
温暖化に伴い、熱帯や亜熱帯の感染症が中緯度地域などに拡大する可能性は広く指摘されています。IPCC AR4 WG2の環境省確定訳 では、
・気候変動は現在、地球規模の疾病と早死の負担に加担している(確信度が非常に高い)。
・人間の健康にとって重要な気候変動に関連する曝露の予測される傾向は、重大な結果をもたらすであろう(確信度が高い)。
などとされていて、気候変動は人類の健康に多大な影響を与えることが予測されています。そこで、具体的な影響を評価し、その対策をとることが求められています。
図2:気候変動が人間の健康に与える影響について説明した図。プラスの影響とマイナスの影響の双方があることと、トータルではマイナスの影響のほうが大きいことに留意。IPCC AR4 WG2 環境省確定訳
より。
しかし、将来の気候を予測することに比べ、気候の変化が(菌の分布域など)生態系に及ぼす影響を予測するのは困難です。その上、その生態系の変化が人間活動にどのような影響を与えるかを見積もるのは極めて困難なものです。気候という、ただでさえ複雑な要因があるのに、それに加えて生物の行動という複雑な要因が加わり、その上に人間の経済活動などの複雑な要因が加わるのです。予測が極めて困難なのはやむをえないところです。
もはや、気候変動は起こるものとするしかありません(というより、もう起きていますが)。後は、いかに気候変動の幅を小さくするか、気候変動に伴う影響をどこまで押さえ込めるか、という話になってきます。病気の拡大については、国際的な監視体制の強化と公衆衛生の改善、即応体制の充実などといった地道な対策しかとりようがないのではないでしょうか。