チェーザレ・エミリアーニ
Encyclopedia of erath
より
チェーザレ・エミリアーニ(Cesare Emiliani) 1922-1995、イタリア
古気候学者、特に古海洋学の創始者
チェーザレ・エミリアーニ。なんとカッコイイ名前でしょう。チェーザレは古代ローマ最大の英雄カエサル の現代イタリア語読みです。エミリアーニは、「エミリア地方 の」くらいの意味のようですが、なんとも美しい響きです。
エミリアーニの業績は、カエサルの名に恥じないものです。古気候学に多大な功績を残し、特に古海洋学という分野に関してはその創始者と言ってもいいかもしれません。
ハロルド・ユーリー の項で、「化石に含まれる元素の同位体比で過去の水温が推定できる」ということを説明しました。これにより、化石を分析することで古気候の再現ができる可能性があることは示されていました。
しかし、事はそう単純ではありません。ユーリーは二枚貝の化石を用いましたが、二枚貝の化石はどこにでも、またいつの時代にも豊富に産出するとは言えません。古気候を再現しようとするなら、広い範囲で長い時代に渡り、化石が産出するような生物を用いる必要があったのです。さらに、化石になった生物が、いつの時代に生きていたか正確に推定できる必要もありました。10万年前と推定したのに実際には20万年前の化石でした、というのでは全く意味がないのです。
世界中に生息し、長い時代に渡って生息し、化石からいつの時代に生息していたか推定しやすい生物を用いる必要があったのです。そんな都合のいい生物はいるのでしょうか?
・・・いました。ユーリーが着目したのは、有孔虫 というプランクトンでした。有孔虫はカンブリア紀(約5億年前)より後の時代なら世界中のほぼあらゆる所に分布しています。そして、化石として残っている数が膨大です。殻は二酸化炭素を取り込んで作る炭酸カルシウムでできており、生きていたころの酸素同位体比を保存しています。そして、有孔虫は時代とともに殻の構造が少しずつ変化しているため、殻の形態を用いて年代決定することも比較的容易なのです。
しかし、ユーリーの研究室に有孔虫に詳しい研究者がいませんでした。そこで、有孔虫の専門家としてイタリアからアメリカに渡っていたエミリアー二を招聘したのです。1950年、エミリアーニ28歳のことでした。
図1:沖縄の星砂の正体は有孔虫の殻。星砂が砂浜のほとんどを占めることもあるほど、膨大な数の有孔虫が棲息している。
まずは、軟体動物に含まれる同位体比の分析から始めました。ユーリーの項 で紹介した二枚貝の研究にエミリアー二も携わっています。二枚貝の分析結果は満足の行くものでした。そこで、いよいよ有孔虫の分析に取り掛かることになりました。太平洋・大西洋・カリブ海などの海底から採取した海底コア(海底から回収した堆積物。下図参照)を入手し、そこに含まれる有孔虫を用いて分析を行いました。
図2:海底コアを採取する方法。うまくすれば数十メートル分も海底の泥を採取できる。沖合いでは有孔虫を含む堆積物が堆積する速度は数十um/年にすぎないため、もし10mのコアが採取できれば数十万年分の有孔虫が採取できることになる。海の研究者のブログ より。
この海底コアから回収した有孔虫を顕微鏡を用いて採取し、数百個の有孔虫を強熱して二酸化炭素を抽出した上で(CaCO3→CaO+CO2)、質量分析装置を用いて酸素同位体比を分析するという、地道な作業が始まったのです。ここでも、ニーアが開発 した質量分析装置はその威力を発揮しました。
そして1955年、エミリアーニは"Pleaistocine Temperatures(更新世 の気温)"という論文を発表します。このシンプル極まりないタイトルはエミリアーニの自信の現れなのではないでしょうか?人類が古水温計を手にした瞬間でした。
図3:エミリアーニが示した、コア採取深さ(深いほど古い)と酸素同位体比、およびそこから推測された古水温のグラフの一例。図が小さく見づらいと思うので、software libraryのHPを参照してほしい。
図3を見ると、古水温は激しく上下していること(10℃は変動している)、急激に水温が上昇する時期があることが分かります。また、寒冷な時期が4回あったことも読み取れます。この結果を見たエミリアーニは、これはまさに、ミランコビッチの主張した 気候変動のサイクルと一致するのではないか、予想しました。
図3の横軸はあくまでコアの深さであり、年代ではありません。横軸を深さから年代に変換する必要があります。しかし、有孔虫の多様さを持ってしても年代決定はやはり難しく、開発されたばかりの炭素同位体による年代測定を適用しても数万年以上前に遡る事は、不可能でした。結局、この段階ではミランコビッチの正しさを十分に証明することはできませんでした。
それでもエミリアーニはミランコビッチに論文を送付し、ミランコビッチもそれを読んでいたようです。ミランコビッチは1958年に亡くなっています。前にも書いたように、ミランコビッチがこの論文を読んで何を思ったかは分かっていません。
エミリアーニはこの後も精力的に研究を続け、同位体比から古水温を再現する技法は確立されました。誰もが海水温と有孔虫の酸素同位体比に相関があることを認めるようになりました。
しかし、どうにもおかしい点がありました。エミリアーニの技法により求めると、海域によっては海水が凍りつく水温が再現されるようになったのです。しかし、その海域で海水が凍りついた証拠は全くありませんでした。有孔虫の殻に含まれる酸素同位体比と古水温に何らかの相関があるのは疑いない。しかし、エミリアーニの技法には何か問題があるのではないか?
この問題に答えたのはエミリアーニと同様の技法ながら、さらに洗練された技法を開発した人物でした。
参考文献
チェンジング・ブルー(大河内、2008)
温暖化の<発見>とは何か(ワート、2005)
CO2と温暖化の正体(ブロッカー・クンジグ、2009)
参考HP
サウサンプトン大学円石藻研究室
http://www.soes.soton.ac.uk/staff/tt/eh/ce.html
エンサイクロペディア・アース
http://www.eoearth.org/article/Emiliani,_Cesare


