この時期になると学生時代を思い出す。


「ヘアピンの色」「廊下の歩く場所」「登校する時間」その一つ一つが謎ルールで決められていて、少しでも破ると同級生や先輩からの呼び出しがあった。

校則ではOKと記載されていても、ダメなものはダメ。先生に相談しても、「先輩たちがつくったルールだから守りなさい」と言うだけ。

「学校とはなんだろう?」「先生とはなんだろう?」とよく感じた。

 

しかし、今考えてみると学校という場所はとにかく特殊なんだと思う。義務教育を終え、また高校、大学に入り、教員免許を取得した人たちがまた学校に戻る。ひたすら学校という狭い世界の体験しかしていない人たちがずっと教育を担っている。



学校しか知らない先生と学校しか知らない子供が長時間時間を共有しているのだ。でもその中でも、良い先生は必ずいるもので、「僕達は学校以外を知らない」と自覚のある先生はかなり強い。


友達の一人が「学校の先生になりたい」といったときがあった。その時、先生は「うれしいな。他の職業を調べたり、体験したり、見聞きして、それでもなりたいと思ったら学校の先生になるといい。君たちの周りには、教師しかいない生活だから自然と選択肢が狭まる、しかし世の中にはたくさん職業があるからそれを知ってからもう一度考えるといいよ。」とアドバイスしていた。今でも忘れられない。


どんな時代、世代も、自分の視野の範囲から外に出てみると見えること、感じることはある、日々感じている。