最高のお部屋に移動 | kenji-sanのブログ(骨髄異形成症候群と共に)

kenji-sanのブログ(骨髄異形成症候群と共に)

2013年1月に突然の骨髄異形成症候群告知。毎日の病気の様子や療養生活のこと、暇つぶしの連載小説など載せています。

今までいたところは循環器内科の部屋で、
急に入院することになったのでとりあえず
空いている個室に入っていました。

今日、血液内科の個室が空いたので、引っ越しました。
今までは外部からのウィルスや
細菌に注意していればよかったのですが
今は自分がアデノウィルスをたくさん持っているため
免疫の弱い人にうつしてしまう可能性があります。
そのためどうしても個室になるし、
廊下もうろうろできません。

個室は広くてトイレもシャワーも付いています
でも、尿意があるとトイレまでもたないので
尿瓶でしています。
15分に一度ぐらい尿意が来るし、
排尿時にかなりの痛みと、少しの出血があります。

まだ様子見というところです。
(部屋代高そう…。)

【過去の思い出 =私の失敗6=】

2月14日の日。バレンタインデーです。
当時、もうすでに女子が男子にチョコをあげる日として
定着していました。
しかし、当時は今よりチョコをあげる意味が重くて
義理チョコだとか友チョコなどはなく
ひたすら女子から男子への『告白』という意味しかありませんでした。

その2月14日の夜、S子が家にやってきました。
そして、結構立派なチョコを差し出して、
「この間、相談に乗ってくれたことのお礼だから。」
と言います。
さすがにそれを鵜呑みにするほどお馬鹿ではなかったので、
チョコの重みはわかりました。

『何も家に来なくたって…』
『こんなの持って家に入れないよ』
など色々考えがよぎりましたが、
『こいつとはずっと普通に仲良かったし、チョコなんかもらったら
なんか特別になっちゃう。そんな面倒くさいことできるか。』

そう、「面倒くさい」本当にそう思ったのでした。
そして冷たく「いらない!」と言ってしまいました。
それかしばらく押し問答がありましたが、
S子は泣きながら帰っていきました。

あとで落ち着いて考えてみれば、
私がたまたま一人で帰ったときに声をかけてきたこと、
相談の内容もいかに不自然だったこと
など考えれば、S子の今度の行動はいかにも計画的で、
さらにバックに何人かの友達がいることがわかります。
そこまでわかればS子の行動は予想ができたことだし、
簡単に断れないほど根の深い気持ちであったことも分かったはずです。
「そっか、あんなことでこんなチョコもらえるんだ
ありがとうな!。またなんかあったら相談にのるからな!」
そんな風に明るく受け取れたらよかったのに…。

まあ当時の自分には無理ですかね。
当然次の日から、こちらから挨拶しても
「ふんっ」という感じで横を向き、
友達らとともに私をにらんでくるのでした。

まあこれだけなら別に簡単に忘れられることだったのですが、
家が近いので、遠くから姿を見かけることはよくありました。
すると徐々にその姿が派手になっていき、
一緒にいる友達も変な奴らになっていきました。
昔のS子だったら絶対ありえない姿でした。

私は心配でした。
昔のペコちゃんみたいなかわいらしさはどこに行った?
今こそあいつには相談が必要だ。
でも今更、俺が声かけても完全に拒否されるだけだ。
そう思ったとき初めて、あの日の自分の行動の失敗に気づきました。

未熟であることは罪だな…。

(続く)