久しぶりに、熟考。
自分が学ばなければならないことは、「けじめ」ってことだとやっと理解できた。
じゃ、「けじめ」って何かと考えれば、それは、
「境界の認識」ってことかな。
つまり、「ここからこっちで通用することも、ちがうところでは通用しない」ということの認識だ。
それを理解できていないと、異邦人になってしまうかもしれないが、
今までは、無邪気に行なってきた分、まわりの人も大目に見てくれていたんだろうが、そこに安住していると、考えを訂正するような要請が働かないから、
「無 邪気な分、性質(タチ)が悪い」っていうことになる。
じゃ、「けじめ」って何かと考えれば、それは、
「境界の認識」ってことかな。
つまり、「ここからこっちで通用することも、ちがうところでは通用しない」ということの認識だ。
それを理解できていないと、異邦人になってしまうかもしれないが、
今までは、無邪気に行なってきた分、まわりの人も大目に見てくれていたんだろうが、そこに安住していると、考えを訂正するような要請が働かないから、
「無 邪気な分、性質(タチ)が悪い」っていうことになる。
「御祭禮」
最近お祭りが多く、「御祭禮」という字を見る機会が多かった。今までは、この字を見てもなんとも思わなかったのだが、つい気に留めてしまうと、なんと読むものかと思って調べてみることに。
まず、この字は「ごさいれい」という読みをすることは、なんとなくわかっていたのだが、実際に、「禮」を「れい」と読むことには抵抗があった。というのも、「れい」なら「礼」ではないかと思ったからであるが、調べると、
「禮」は「礼」の旧字体
だというのである。
では、「禮」がどのように神事に関係があるのかをさらに調べると、
ポイントは、「豊」にありました。
つまり、「豊」を解字すると、豆の上の部分の字で
甘酒を盛る「たかつき」の様子を表している
ことから、「禮」全体の意味で、「甘酒を神にささげて幸福を祈る儀式」という意味があるらしい、チャンチャン、ということでした。
まず、この字は「ごさいれい」という読みをすることは、なんとなくわかっていたのだが、実際に、「禮」を「れい」と読むことには抵抗があった。というのも、「れい」なら「礼」ではないかと思ったからであるが、調べると、
「禮」は「礼」の旧字体
だというのである。
では、「禮」がどのように神事に関係があるのかをさらに調べると、
ポイントは、「豊」にありました。
つまり、「豊」を解字すると、豆の上の部分の字で
甘酒を盛る「たかつき」の様子を表している
ことから、「禮」全体の意味で、「甘酒を神にささげて幸福を祈る儀式」という意味があるらしい、チャンチャン、ということでした。
