昔、超心理学者という方にエネルギーの濁流から助け出してもらったことがあった。

 

 

 

  今あなたの内に灯っているものは、あなたが言葉にしないと消えてしまう光なんです。

 

引用:テレビドラマ『船を編む』(↑この表現)

心打たれた。

 

そして、

誰かが書いたものを無性に読み漁っていた自分が

内側にある収まることのない衝動は、

 

もしかしたら、

 

言葉を充てがってこそ、

治まるのかも

 

と想って、

真っ白なページの前に座って

一つになるよう心がけてみた。

そのとき、

最初に溢れ上がってきたのは、冒頭の言葉だった。

 

 

 

頭脳派と感覚派と便宜上表現し、

 

頭脳派と感覚派とに親と子があるなら、

それは

 

世代を積むことで

発達適応している生命の流れ

 

であり、

 

親が

頭で理解しようとしても困難な、子 と

感じても

 

子が育つのを助けられること

 

 

を今からこの記事が

表現するかもしれない。

 

 

 

 

この記事のタイトルへ

もっと沢山言葉を充てて、

 

創造を

 

多角的にするなら

 

 

 

 

魂の成長に要るものが

導かれ

それと気付けて

吸収し

成長が叶っている

周波数、在り方を願ってみる。

 

 

 

 

感覚し実行する在り方、

感覚を俯瞰した在り方、

知恵、導きと

出合えることや

 

 

 

 

親も

子も

それぞれにとって

発達への適応アプローチが

簡単モード

 

であることを

願ってみる。

 

 

 

 

 

簡単に自由な形で

導きが届くのを受け入れてみる。

 

 

 

心臓を通して、

生命で、

未知で、

豊かな

自分と触れ合う機会。

 

 

 

  10割への帰省

 

昔、超心理学者という方にエネルギーの濁流から助け出してもらったことがあった。

 

 

 

ご縁あって、

その数週間前から、週に数度のメールとエネルギーでのコミュニケーションはあった。

 

直接会ったことは一度もない遠い外国に身を置くその人が、日本で人知れずエネルギーの濁流に悲鳴を上げていたわたしの状態をしれっと凪いだ状態へと回復した。

 

 

当時、わたしとコミュニケーションを取っていた人の中で、そういうことが出来る人はその人だけだった。当時、それは、わたしにとってまったく驚く経験だった。回復したとき、ふとその人かなと感じた。

 

直接会ったことがなくても、そういうこと出来るんだ。

 

人って。

 

 

 

 

今ではわたしにとって馴染みある世界だけれど。

異世界だった。

 

 

 

 

 

  マッサージの道理

 

 

わたしは、お金もエネルギーも好きである。

 

お金については、以前の記事で触れた。

 

 

エネルギーについては、

 

例えば

わたしは、私の母の体に触れたとき、

感知できるようにしているらしい。

私の体が感知する。

母の体だったり、私の体だったりの、

どこをどのように動かし、どう触れるか。

 

エネルギーの巡りがエネルギーによって導かれ、

マッサージの終わりも感知する。

 

10割と1割との間柄はスムーズだ。

 

 

 

母が調うのを観て、

 

ふと

マッサージ好きだな

 

目に見えて触れる印象のない10割も、

マッサージと同様、触れて響き合える。

 

という気がして、ワクワクした。

 

 

そして、

今回も、

 

ご縁あって

 

 

わたしが動かなかったら

消えていってしまうエネルギーを

言葉の世界に巡らせることにした。

 

 

 

これを書いている間にも、

空と脳とがつながり

設定変更が起きている。

つじつまが合っていく。

焦点が合っていく。

 

 

 

 

 

 

 

  直接合う世界

 

 

体験=私=現実

という視点からなら、

 

その人の 体験 が全て、その人 である。

 

 

 

 

 

 

 

体験を伴にしている面で、

直接合っている。

 

 

 

頭脳派表現で表すと

直接合ったことがないけれど、

感覚派表現で表すと

直接合っている。

 

 

 

 

隣に身を置くということが、

10割の世界では、奇妙なことで在る。

 

 

 

 

もちろん

 

密度の違いで響きは違う。

物質化する程、固体化する程の

密度の効果は確かにある。

 

 

 

密度も、ものも、適材適所である。

 

 

 

 

”一緒”と描かれる世界。

 

10割の世界を

伴って在る方々が表現するものと繋がるときは

海や宇宙と一つになってるようで

 

一緒。

 

 

 

マッサージを受けるように

ただそこにいて観る。

 

 

 

ただ本質的であるとき、

 

本来の創造が表に現れるかもしれない。

 

 

 

 

本来は

 

簡単で

自由に

巡る。

 

 

 

本来の巡りは

もっと自分を知り、自分を楽しむ機会。

 

 

響きの具合で、

うっかり多角的に自分が観得てきて、

 

自分を知って、使えて、自分が繁栄する。

自分を楽しむことが繁栄していく。

 

 

 

 

※※※

 

 

 

肉体という1割の部分に、

衣食住を供給する。

 

 

肉体について、

イメージがあるとき、

過去のデータと再生で、

形は成る。

 

 

それは、

 

物を豊かに、衣食住を豊かにすることが、

生きていく上で最優先だった旅路で、

圧倒的熱量で、

実行、記録、再生されてきた。

 

 

 

関連データベースが育った。

 

 

 

 

 

では、10割に

衣食住を供給するときは?

 

 

 

9割側の 視・聴・味・触・嗅・体感 覚の知覚で

動くとき、

 

全ての前提が変わる。

 

 

 

10割の在り方叶って在る

本当・本来の自分を一番大切に伴えるなら

隣り合う9割と1割も一つな愛を創造するパートナー。

 

いつかではなく、今。

 

人として、本来を想い、自分を一番大切に隣り合う

 

信。

 

 

 

10割で活きるとき、

 

直接合うとは?

 

独りの時間とは?

 

 

”貴女”に触れている今

”貴方”と創れている今

 

自分を一番大切に伴得て、

本当・本来が巡り在る今

 

どうか言葉にしてほしい。

底知れぬわたしを。

 

 

 

 

  巡りがよい

 

 

どう?巡りがよいでしょ?

ありがとうね。

これからも。

言 葉 にしてみて。

 

お茶をカスタムするのが好き。

 

 

マッサージするのが好き。

”カード”に現れ渡る本来が好き。

 

わたしの”体”に触れて、言葉に表現して、

巡りを造って。

”美味しい”に料理するわたしよ。

 

 

 

 

在りのままに

エネルギーを掛けて、

繁栄を。

 

渡すのが、

天然、

もしかしたら

”本燃”。

 

 

 

受け入れたら

 

”一緒”。

 

 

※※※

編集後記

 

南海放送開局70年記念

石村嘉鳴展

に母の付き添いで行ってきた。

どの絵も目が印象的♪