秩父曼荼羅小屋通信 ~武尚院 峯龍の求道日記~

秩父曼荼羅小屋通信 ~武尚院 峯龍の求道日記~

修験道や武術などの修行を通じて、感じたことを気まぐれに記します。
秩父曼荼羅小屋での出来事や、イベント、講座の情報などをお便りします。
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神社仏閣はバースポットだから

安心と思う方は多いかも知れません。

それはある側面からみれば正しいのですが、

あくまでも神職や僧侶が正しく神仏や場を

整え調和していればと云う事になります。


しかしながら神社仏閣であっても、

何らかの理由により神職も僧侶も不在と

なり、放置された霊場が全国には多数存在

しております。


その様な場には立ち入らない方がよいのです。

ただし、札所として現存する場も少く

ありませんので注意が必要です。


私も全国の寺社、霊場に多数巡らせて

戴きましたが、「これは〜」と云う場では

自身の内氣を高め、護身モードで心身に防御

を施す事も何度となくありました。

祓いや真言、供養する方法もありますが、

それは場と状況に応じてです。


状況によっては避ける事の方が

よいのです。躊躇する事なくその場から離れ

ましょう。

下手な方法は内容によって、力と力の

勝負となりかねないからです。

至らなければ悪影響が自身に降りかかる

こともあります。


【残留思念の渦巻くところ】

これは、以前訪問した霊場でのお話しです。

札所巡礼のとある札所での出来事です。

その札所は山中の奥の院と里の寺院が

札所となっておりました。


私たちは10人弱のメンバーで巡っており

ました。

山中の奥の院は歩けば結構な時間が掛かり、

車でも駐車場からも30分程掛かる立地でした。

私たちは都合で車を使う事にし、

駐車場から山道参道を歩く事にしました。

参道の途中には太陽光が強く入る見晴らし

がよい場所もあり、なぜか此方が意識に

強く残りながら奥の院へ向かいました。


ようやく山門に到着したのですが、

何やら陰気が漂います。


山門から境内に入ると左右には、元宿坊と

思われる立派な建物が続きます。

ただし、建物は立派ですが荒れ放題で

閉鎖してからかなりの年月が過ぎている

のがわかります。

もちろん私たち以外には生身の人間は

おりません。

正に廃墟。陰気がそこら中に充満して

おりました。


その建物からは陰気が多数湧き上がって

おりましたので、自身の内氣を高めました。


本堂に着き内部へ感覚を集中すると

ただならぬ陰気、これは大変と感じながら

取り急ぎ本尊を供養しておりましたが、

読経の中盤あたりから本尊の目が光だし、

陰気の力が上がるのがわかります。


早々に読経を終えると、皆さんに

「直ぐに外にでます。急いで」と声を掛け

早々に本堂を出て、境内からも出る様に

指示をしました。

同行者のメンバーで霊感の強いものは

同じ様に感じており、私の表情やその方の

表情も真剣そのものとなり、その表情から

皆さんはただなる状況を感じた様です。


境内から出ると、早くこの地域から

離れる様に急ぎ足で駐車場に向かいました。


ようやく途中の見晴らし台まで辿り

つきました。

その場は行きと変わらず太陽の光が

振り注ぎ、この場から明らかに氣が

切り替わり、先ほどの奥の院から引きずる

陰気が無くなり、正直ホットしたのを

鮮明に覚えております。


行きにこの場が記憶に残ったのは

その様な意味があったのです。


その後山を下り、管理している里の

寺院札所へ参拝いたしましたが、

その里寺院札所も住職はいる様でしたが、

納経場札所は不在で本堂まわりが

かなり荒れている状況がみてとれました。


【総括】

此方の奥の院と管理する寺院札所は

おそらく、昭和の時代までは参拝者も

多く大変栄えていた様です。

バブルがはじけ、平成、令和と時代も

移り変わり、寺院の代替わりなど様々な

環境の変化から財政、運営、経営状況から

維持管理が困難となったと推測されます。


栄えた時代は、大勢の参拝者が来山され

参拝者の喜怒哀楽があった事でしょう。

寺院の住職や神社の神職が祀る神仏の

供養やお祭りする事で場の浄化もされる

事も多いのですが、此方は神仏の供養や

お祭りもされず、場の残留思念が浄化

されないまま、その残留思念を巣食う

者により、あの強い陰気、邪気を発する

場となったと思われます。


陰気や邪気を浄化する基本は掃除、整理整頓

からです。

いたずらに対処だけでは難しいものです。

ただし、この様な規模を正常化清浄化する

にはハード面(土地、建物)、

ソフト面(霊的にも)

大規模な対処が必要でしょう。

寺社だけではなく、人が集まっていた場が

人の都合で集まらなくなった、

集れなくなった場は同じ様な状況が

あるかも知れませんね。


峯龍