これらの資料には、日本に仏教が導入されれば、第六天魔王が現れ、皇室を滅ぼすという事、それから第六天魔王の方が天照大神(あまてらすおおみかみ)よりも上位なのだと述べられている。結局、サタン・ダビデは、第六天魔王信長により日本を支配しようとしたことが伺えます。
「イザナギ・イザナミの第一の御子神が、「この国の主と成て」伊勢に鎮座したとき、第六天魔王が現れた。魔王は、この日本の国に仏法が広まると力を失うという理由から、天照大神(あまてらすおおみかみ)の働きを妨害しようとした。
そこで天照大神は、魔王に「私は仏・法・僧の三宝には近づかない」と誓った。魔王は怒りを鎮め、その血で契約書を書き、天照大神に手渡した。「世界が滅び去るまで天照大神の末裔をこの国の主とする。もし、天皇の命に従わず、国を乱し、人民を苦しめるものがあれば、魔王の眷属が必ず罰を与え、死をもって報いさせよう」[太平記]。
天照大神が大海の底にある大日如来の印文を鉾で探ったとき、第六天魔王が「鉾のしたたりが国となって仏法を流布する相がある」といって、大御神を攻め殺すために現れた。そこで大御神は「われ三宝の名をも言わじ、わが身にも近づけじ、とくとく帰り上がりたまへ」といって魔王を帰した。[沙石集]。
「第六天」とは仏教で言う六番目の天界、「他化自在天」の事です。
仏教世界観に於ける天界、神様の世界は様々なランクがあり下から「欲天」「初禅天」「二禅天」「三禅天」「四禅天」「無色天」の6つの世界があります。
「欲天」とは天界の中でも下のランクで欲望から離れられない神様が住む世界だと言われています。
その「欲天」も6つに別れ、下から「四大王衆天」「?利天」「夜摩天」「兜率天」「楽変化天」「他化自在天」に別れるとされています。
武神として有名な須弥山の王、帝釈天は「?利天」の支配者です。我々の死後に地獄に行くか天界に行くか定めてくれる裁判官、閻魔様は「夜摩天」の支配者です。
56億8千年後に地上に降臨し救いをもたらしてくれる次の仏陀とされる弥勒菩薩が現在修行されているのは「兜率天」です。
「他化自在天」とは「欲天」の中では最高位とされている世界で、そこに住まわれる神々は望む事はすべてかなえられ、望みうる最高の快楽が、自由自在に得られる世界だとされています。
この天界の主である「他化自在天王」は、天界・人間界はおろか地獄界までを含めた世界全体にわたって、自由自在に楽しみを与え衆生が楽しむ事を楽しむという、非常に高尚というか変な趣味を持っているらしい。
つまり我々人間が偶然に幸福を得られるのは、他化自在天王が天から超能力を使って我々にそういった運命を与えてくれるからなのです。
不幸な人々を幸福にしてくれる、すごくいい人のように思われる他化自在天王がなぜ仏教で第六天の魔王と呼ばれるのかと言うと、つまりこの神様は欲望の神様なのです。
滅私奉公で人々のために尽くす神様ではあるんですが、その結果欲望が満たされた人々は努力して自分を磨くことを止めてしまうのです。
なにより仏教は欲望を捨てて解脱し仏になるのが一番幸せだと考える宗教ですから、それを妨害する他化自在天王は神であると同時に悪魔でもあるとされているのです。
信長はキリスト教の宣教師ルイスフロイスに「私は仏教で言うところの第六天魔王である」と述べたという記録が残っています。これはつまり信長の政治に対する考え方を示したモノだと言えるでしょうね。
彼は支配者の幸福とは人々笑顔を楽しむという欲望を持てることだと考えていたのです。
自分自身が楽しむのではなく、まず人々に楽しみを与える、それを見て仕事に達成感を持つことができるようにしなければならない。だがそれは決して正義ではない、別の側面から見ればとてつもない悪行とされる事もあり得る。
名君とは、そういった二つの側面を併せ持つ矛盾した存在なのです。
▼第六天魔王 - 織田信長 名言
「六天の魔王と申すは、他化自在天に住して欲界の六天を我が儘に領ぜり。然も今の日本國は六天の下なり。」「我が領内なれば、我こそ進退すべき処に、この國は大日といふ文字の上に出で来る島なれば、仏法繁昌の地なるべし。これよりして人皆生死を離るべしと見えたり。されば此には人をも住ませず、仏法をも弘めずして偏に我が私領とせん。」
死のうは一定、しのび草には何をしよぞ、一定かたりをこすよの
※人は必ず死ぬのだから、しのび草※に何をしようか、きっとそれを思い出し語ってくれるであろう。 ※思い出すためのよすが
人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか
※人間界の五十年は天界では一昼夜程の長さでしかなく、まさに夢や幻のようだ。この世に生まれ、滅びぬものなどいない。
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理想を持ち、
信念に生きよ。
理想や信念を見失った者は、
戦う前から負けているといえよう。
そのような者は廃人と同じだ。
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生まれながらに才能のある者は、
それを頼んで鍛錬を怠る、自惚れる。
しかし、
生まれつきの才能がない者は、
何とか技術を身につけようと
日々努力する。
心構えがまるで違う。
これが大事だ。
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必死に生きてこそ、
その生涯は光を放つ。
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攻撃を一点に集約せよ、
無駄な事はするな。
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器用というのは
他人の思惑の逆をする者だ。
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臆病者の目には、
敵は常に大軍に見える。
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仕事は探してやるものだ。
自分が創り出すものだ。
与えられた仕事だけをやるのは雑兵だ。
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恃(たの)むところにある者は、
恃むもののために滅びる。
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およそ勝負は時の運によるもので、
計画して勝てるものではない。
功名は武士の本意とはいっても、
そのあり方によるものだ。
いまその方の功名は軽率な動きである。
一方の大将となろうとする者は、
そのような功名を願ってはならぬ。
身の危ういのをかえりみないのは、
それほど手柄と言うことはできない。
今後はこの心を忘れるな。
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組織に貢献してくれるのは
優秀な者よりも
能力は並の上だが、
忠実な者の方だ。
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人を用ふるの者は、
能否を択ぶべし、
何ぞ新故を論ぜん。
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人は心と気を働かすことをもって
良しとするものだ。
用を言いつけられなかったからといって、
そのまま退出するようでは
役に立たない。
その点、お前は塵に気付いて拾った。
なかなか感心である。
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愚かな間違いを犯したら
たとえ生きて帰ってきても
わしの目の前に姿を見せるな。
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戦に勝るかどうかと兵力は
必ずしも比例しない。
比例するかそうでないかは戦術、
つまり自身にかかっているのだ。
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人城を頼らば
城人を捨てん
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