こんばんわ。
加藤です。
六三四本公演が終わりあっとゆー間に3週間が経ちますね。
2016年は1月5日六三四新春公演から始まり映画ソングドリーマーズ連日舞台挨拶、プライム輪舞曲、勇者セイヤンの物語、禁断の刃と、
脚本だったり演出だったりMCだったりキャストであったり、怒涛の5ヶ月間でした。
お陰様でとてもとても楽しく充実した日々を送りました。
次の出演舞台はおとな小学生の課外授業。
7月26日から31日までです。
それまでやっとゆとりが出来たので、
12年ぶりに祖父母のいる長崎県に先週まで1週間行ってました。
山が沢山なんですよ。
長崎県。
軍艦島ですよ軍艦島。
進撃の巨人のロケ地ですって。
ここにかつては5000人も住んでて、しかも全世帯金持ちだったそうな。
今は無人島で世界遺産となりましたが、建物がいつ壊れてもおかしくないらしく、いつ見れなくなるかわからないみたいなので長崎にお越しの際には是非。
あとはグラバー邸だったり、稲佐山だったり、出島だったり、
色んな観光地に連れて行ってもらったのですが一番の楽しみは温泉でした。
この稲佐山には温泉があり、すんげーー眺めの良い露天風呂もあるんですよ。
温泉行って、マッサージ受けて。
1週間のうちに3回もそのコースを楽しんでしまいました。
23歳にして趣味が温泉とマッサージとプロ野球観戦という、
なんとも老け込んだ趣味なんだろうと少し自分に不安を抱いております。←
とにかく祖父母に会えて、良かったです。
僕に会ってめっちゃくちゃ喜んでくれて、もうそれはそれはとてもとても喜んでくれて、
あーもっと早く会いに来れば良かったなと後悔。
長崎に来るのは12年前、11年前に亡くなった父方の祖父の一周忌以来。
12年ぶりにお墓参りも出来て良かったです。
さて少し真面目なお話。
今回の旅で一番印象に残ったのは、
父方の祖母は長崎の原爆で実の兄を亡くしているのにも関わらず、原爆を落としたアメリカは悪くないというのです。
アメリカは最初から原爆を持っていたのに、中々落とさなかった、止むを得ず落としたんだと、先に喧嘩を仕掛けたのは日本なんだと。
『どっちが悪いなんてなかとよ。』
実際に被爆されている祖母の言葉はとても重く、心にグッと刺さりました。
自らは被害者の立場であるのにも関わらず、双方の立場と意見と価値観があり、どちらの事も否定せずに受け入れられる祖母は、とても強いなと、とても凄い人だなと感じました。
そう言えば僕が書いた勇者セイヤンの物語もそんな話だったのは、こんな強い祖母の血が入っているからなのかなと我ながら思ったり。
自分の価値観に間違いはなかったなと確信が出来たので、これからもそれを信じて貫こうと決意しました。
ということでこれからも、ブレずに頑張ります。
行ってよかったなあ、長崎。
また行きます。
それでわ。
加藤光大
加藤です。
六三四本公演が終わりあっとゆー間に3週間が経ちますね。
2016年は1月5日六三四新春公演から始まり映画ソングドリーマーズ連日舞台挨拶、プライム輪舞曲、勇者セイヤンの物語、禁断の刃と、
脚本だったり演出だったりMCだったりキャストであったり、怒涛の5ヶ月間でした。
お陰様でとてもとても楽しく充実した日々を送りました。
次の出演舞台はおとな小学生の課外授業。
7月26日から31日までです。
それまでやっとゆとりが出来たので、
12年ぶりに祖父母のいる長崎県に先週まで1週間行ってました。
山が沢山なんですよ。
長崎県。
軍艦島ですよ軍艦島。
進撃の巨人のロケ地ですって。
ここにかつては5000人も住んでて、しかも全世帯金持ちだったそうな。
今は無人島で世界遺産となりましたが、建物がいつ壊れてもおかしくないらしく、いつ見れなくなるかわからないみたいなので長崎にお越しの際には是非。
あとはグラバー邸だったり、稲佐山だったり、出島だったり、
色んな観光地に連れて行ってもらったのですが一番の楽しみは温泉でした。
この稲佐山には温泉があり、すんげーー眺めの良い露天風呂もあるんですよ。
温泉行って、マッサージ受けて。
1週間のうちに3回もそのコースを楽しんでしまいました。
23歳にして趣味が温泉とマッサージとプロ野球観戦という、
なんとも老け込んだ趣味なんだろうと少し自分に不安を抱いております。←
とにかく祖父母に会えて、良かったです。
僕に会ってめっちゃくちゃ喜んでくれて、もうそれはそれはとてもとても喜んでくれて、
あーもっと早く会いに来れば良かったなと後悔。
長崎に来るのは12年前、11年前に亡くなった父方の祖父の一周忌以来。
12年ぶりにお墓参りも出来て良かったです。
さて少し真面目なお話。
今回の旅で一番印象に残ったのは、
父方の祖母は長崎の原爆で実の兄を亡くしているのにも関わらず、原爆を落としたアメリカは悪くないというのです。
アメリカは最初から原爆を持っていたのに、中々落とさなかった、止むを得ず落としたんだと、先に喧嘩を仕掛けたのは日本なんだと。
『どっちが悪いなんてなかとよ。』
実際に被爆されている祖母の言葉はとても重く、心にグッと刺さりました。
自らは被害者の立場であるのにも関わらず、双方の立場と意見と価値観があり、どちらの事も否定せずに受け入れられる祖母は、とても強いなと、とても凄い人だなと感じました。
そう言えば僕が書いた勇者セイヤンの物語もそんな話だったのは、こんな強い祖母の血が入っているからなのかなと我ながら思ったり。
自分の価値観に間違いはなかったなと確信が出来たので、これからもそれを信じて貫こうと決意しました。
ということでこれからも、ブレずに頑張ります。
行ってよかったなあ、長崎。
また行きます。
それでわ。
加藤光大