さてさて、私の妊娠、そして絶対安静にて不安定になった息子。
日々の状態は??っていうと、以前高い場所に上り、冷蔵庫に入ってる物が欲しい時には、這い上がって冷蔵庫の淵に座って中を探す日々。
一時トイレで出来ていた事も全て不可能になり、オムツ生活にあせる
パパの休みの日には、外に連れてってもらえるけど、それ以外は引きこもり生活。
次女は話がわかるからって長女が遊びに行く時や地区センターに行く時には一緒に連れてってもらった。

私が寝ている横で、DVDを見たり、プラレールで遊ぶ日々もあっという間に過ぎ、いよいよ私の管理入院!って時に、体調不良に。
やっぱり不安は伝わってしまったんだよね~

入院中、面会に連れてくるかどうかも夫婦で話し合いになった。
退院まで我慢させよう!とパパは言った。
理由は、会ったら離れられないし、悲しい思いをするから。
中途半端な状態なら面会は控えようって。

だけど、入院してすぐに管理しやすい個室に移った私は寂しくて泣いてばかり。
少しでも会いたい!!だけど・・・・

結局、1週間後に子供達をパパが面会に連れてきてくれた。
もう愛おしくて愛おしくて・・・
だけど、ニコニコしながも顔が引きつってる息子。
スグに離れるのを泣かずに我慢していたのかも知れない。。。


入院中は、育ての親的な人がウチに来てくれて面倒を見てくれた。
80歳という高齢だけど、息子の自由奔放な状態を見てくれたことに感謝。
長年仲良しの友人もチョコチョコ来ては、子供達を外に連れ出してくれた。

入院予定は5週間だったけど、入院2週間目の34週4日の朝、突如として1分間隔の陣痛が来てしまい、緊急オペでお産になってしまった。
仕事中のパパはスグには来れなかったんだけど、多分来てくれてて顔を見たら、きっと私は恐い!子宮全摘は嫌だと泣き叫んでいただろうから、これなくて正解かも。
そして、この日は子供達にもスゴイ不安を与えてしまったと思う。
だって、普通の帝王切開ならそんな時間はかからないけど、今回のオペは帝王切開し出産したら、そのまま子宮全摘になるので時間がスゴイかかったから。
長女は中々電話がこなくて、私が死んでしまったと何度も泣きそうになったと、後になって聞いた。

結局オペは6時間半かかり、出血も4リットルと多かったらしい。

でも、生きれかえってこれた!

生まれた次男も元気だけど、口から母乳を飲めるまでの入院になった。
出産した病院は母体救急の病院で超未熟児ちゃんがたくさんの中に、ウチの次男は2500g弱と大きい。
生後5日目にGCUのある病院(長男の痙攣時のかかりつけ)に転院が決まり、私も一緒に退院になった。

まあ子宮全摘、出血多量の私は、院内では元気で回りに驚かれたけど、帰宅したら息子の喜ぶ声で眩暈が続く日々に。。。

だけど少しでも離れる時間は減るにこした事はなく、退院した日は息子も娘たちも超ハイテンションだったけど、私が動けないんで手伝ってくれる優しさも嬉しかった。


さて、息子はというと、まん丸だったお腹がペッタンコになり、だけど赤ちゃんは帰ってこないって事を理解するのはイマイチ難しいらしく、帰宅まで赤ちゃんは、いなくなっちゃったと思っていた。


私の退院から10日、次男の退院が決まった。
息子がどう反応するかドキドキだったが、もう可愛くて可愛くてしかたないらしく、何日も隣にねっころがる状態になった。

どうしたらいいか、わからないなりに、次男が目を覚ますと
「まま~、あかちゃんおきたぁ~!」
と、ニコニコ笑顔で私に報告。

次男の誕生は、息子に守る弟って気持ちをしっかり作ってくれたらしい。


続く・・・・。