天国からのラブレター (新潮文庫)/本村 洋


読んだ本:『天国からのラブレター』 

著者:本村 洋・弥生

出版社:新潮社

読んだ日:2010/1/22~1/27

ページ数:317頁


まとめ:

本当に存在しているのか、今まで疑問を持っていたシロモノ。



“ ラブレター ”




映画やドラマでは小道具として、よく見かけるけれど、

現実には、存在しないものだと思っていた。


そもそも、私くらいの年代にとって、「手紙」自体、絶滅危惧種のようなもので、

滅多なことがない限り、メールで済ますことがほとんどだった。


そのためか、

知り合いがラブレターをもらった、送ったという話は一度も聞いたことがないし、

私のこれまでの人生にも、「ラブレター」という代物は一度も介入してこなかった。



素直な恋慕を文字にし、それを相手に送る...

なんて勇気のいることなんだろう、とチキンな私は思う。


ラブレターって、相手への想いが半永久的な形で残るわけで、

これほど恥ずかしいことはない、とチキンな私は思う。


私がチキン過ぎるだけなのかもしれないが、

ラブレターを送れる人は、“ 勇者 ” 以外の何者でもない、とチキンな私は思う。


愛の告白って、それだけでも恥ずかしいのに、

手紙で表現するなんて、最強すぎる、とチキn.......(略)






ラブメールなら送ったことがあるけどね...


ご謙遜な態度で、死ぬほど丁重にお断りされた。(Tiger & Horse )







本題...

ごくごく普通の恋人同士のラブレターが、ひたすら続くという内容。

それだけなら、書籍化されないだろう。

それだけではないのが、この本。


著者、本村 洋さんは、

光市母子殺害事件の被害者、本村 弥生さんの夫、そして、夕夏ちゃんの父。


事件が大々的に取りあげられていた頃、私は小学校くらいだったが、

報道された事件の残忍性と、

裁判後の記者会見で、加害者への怒り、憎しみを心の奥底に押し込みながら、

異常なほど完璧な論舌を繰り広げていた本村さんの姿を憶えている。


愛しい家族を殺された悲苦は、当人にしか分からないけれど、

彼が未だに持っている加害者への感情は、本村 洋さん自身を苦しめている気がする。

裁判に魂を捧げることで、家族への想いをつなぎ止めているのだろうか。


今年の4月で、事件から11年が経つ。

本村さんは、約11年も苦しんできたし、

加害者を許せない限り、これからも苦しみ続けるだろう。


愛する人を失った悲しみは、時間とともに癒えていくものだと思う。

だけれど、憎しみや怒りというのは、「許し」が出来ない限り、続いていく。



「相手を許しましょう」

「天国にいる二人も、今のあなたを見たら悲しみますよ」

「許しとは、相手のためではなく自分のためですよ」



こんなキレイごと、本当に悲しみ苦しんでいる当事者にとっては、

何の意味も持たない言葉なんだと思う。

本当に本当に、苦しいとき、悲しいとき、

理論や理屈なんて、無力に等しい。


自殺をしようとしている人に、

「死ぬな」

「生きていれば良いことがある」

「辛いこともあるけれど、楽しいことだっていっぱいあるはずだ」


なんて言っても、立て板に水。

理論を理解する心が閉じてしまっているから。

そもそも、理論なんて、心に余裕がなければ受け入れ得ないもの。


やっぱり、人の心を動かすのは理屈じゃないんだと、

自分の体験からも、他者へのアプローチからも学んできた。

そういうときの人は、

心に「感じる」ものしか受け入れない。


心を動かすには、心しかない、と私は思う。

つまり、それは、

自分が変わらなければ、相手も変わらない、ということ。

そして...

自分が変われば、世界も変わる、ということ。








この本で綴られている、二人の言葉たちも

理屈じゃなくて、「心」だった。


だから、私の心も動いたし、

二人のお互いへの愛に「感じる」ものがあった。





















ありがとうございました。

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