フッサール ~心は世界にどうつながっているのか (シリーズ・哲学のエッセンス)/門脇 俊介

読んだ本:『フッサール-心は世界にどうつながっているのか』
著者:門脇 俊介
出版社:NHK出版
読んだ日:2009/12/14
ページ数:110頁
まとめ:
意 味 不 明。
30ページで断念。
このくらいのレベルの知的散文を読むと自分がどれだけ無知で未熟なのかが分かる。
私の油性自尊心が知的界面活性剤によってキレイさっぱり洗い流された。_| ̄|○?
著者さん、本当にすごい。さすが東大哲学科出身。レベルがもう違いすg...(省略)
これほどまでに物事を難しく表現できるんだと感動した。
誰だって幼い頃は「今日は動物園に行きました。」みたいな
お粗末な文章を書いていたはずなのに...
何をどうすれば、こんな目眩が起きるような知的散文を書けるようになるのか。
時々、ブログとかでも理解不能なほど卓越した文章に出会う。
特定の分野に対する知識と知性、論理的思考、そして、独自の見解。
「理解不能」と脳が拒絶すると同時に、「美しい」と感じる。
読んでいてクラクラするような文章に出会う度に自分もその高見にいきたいと思う。
と同時に、こんな(私レベルの脳からして)意味の分からない文章を書いてどうなるんだという疑問。
万人に分かるような文章を書くことが良いとは思わないが、
有識なマイノリティにしか伝わらない文章は...どうなんだろう。
筆舌に尽くしがたいことを筆舌で尽くせればいいのに。
若しくは、言語に代わる論理的表現手段が欲しい、切実に。
本題...
道にツツジの花が咲いている。
私が出会ったツツジの花は、地球上のその位置、その時刻に人間という視覚の発達した生物が、花として知覚することを可能にする何らかの物質的形態を保持し存在し、その物質の特定の環境条件(例えば十分な可視光線があるかどうか)のもとで、私の視覚器官に物理的な刺激を与え、脳の中で何らかの情報処理を受け、視覚「体験」を生み出す。
私は、ツツジの花が存在し、観察しているということを「真であるとみなす」。
わ か ら な い。
クオリアと志向性、分かるようで分からない。
もう、文ではなく著者の思考を私の脳に直接送信してほしい。
考えれば考えるほど、考えるべきことが出てきて、今の私の価値観の浅薄さが浮き彫りになる。
世界には、本当は難しいことなんてないのだと思う。
認識し得ないものは存在しないから。
言語や数値というフィルターを通すことによって、不完全な表現となり、
「理解する」のが難しくなる。
本質は難しいことではないはず。
哲学的に探究すればするほど、今の自分の認識に懐疑心が生まれて、とても哀れな精神状態になる。
その、哀れな精神状態の先に何かの答えがあるのかな...
探究してみたいけど、チキンなので、いつも完全突入する前に回避してしまう。
もし、その先に答えが有ったとしても、見つかるまでに精神崩壊してそう。
( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
アノコ ツイニ アタマガ イカレチャッタンジャナイ? バカネ ソンナノマエカラ ジャナイ。
ノウノ アルブブンガ ソンショウシテイル ミタイヨ。 ドウヤラ テオクレ ラシイ。
ホットイタホウガ ミノタメヨ。 カカワラナイホウガイイワ。
_| ̄|○
_| ̄|・∴’、-=≡○シュボ
-=≡○
-=≡○
-=≡○
-=≡○ ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
-=≡○ ( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
-=≡○ ( д` )ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
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※誰か、かしまし娘のリトリーバルをお願いします。

読んだ本:『フッサール-心は世界にどうつながっているのか』
著者:門脇 俊介
出版社:NHK出版
読んだ日:2009/12/14
ページ数:110頁
まとめ:
意 味 不 明。
30ページで断念。
このくらいのレベルの知的散文を読むと自分がどれだけ無知で未熟なのかが分かる。
私の油性自尊心が知的界面活性剤によってキレイさっぱり洗い流された。_| ̄|○?
著者さん、本当にすごい。さすが東大哲学科出身。レベルがもう違いすg...(省略)
これほどまでに物事を難しく表現できるんだと感動した。
誰だって幼い頃は「今日は動物園に行きました。」みたいな
お粗末な文章を書いていたはずなのに...
何をどうすれば、こんな目眩が起きるような知的散文を書けるようになるのか。
時々、ブログとかでも理解不能なほど卓越した文章に出会う。
特定の分野に対する知識と知性、論理的思考、そして、独自の見解。
「理解不能」と脳が拒絶すると同時に、「美しい」と感じる。
読んでいてクラクラするような文章に出会う度に自分もその高見にいきたいと思う。
と同時に、こんな(私レベルの脳からして)意味の分からない文章を書いてどうなるんだという疑問。
万人に分かるような文章を書くことが良いとは思わないが、
有識なマイノリティにしか伝わらない文章は...どうなんだろう。
筆舌に尽くしがたいことを筆舌で尽くせればいいのに。
若しくは、言語に代わる論理的表現手段が欲しい、切実に。
本題...
道にツツジの花が咲いている。
私が出会ったツツジの花は、地球上のその位置、その時刻に人間という視覚の発達した生物が、花として知覚することを可能にする何らかの物質的形態を保持し存在し、その物質の特定の環境条件(例えば十分な可視光線があるかどうか)のもとで、私の視覚器官に物理的な刺激を与え、脳の中で何らかの情報処理を受け、視覚「体験」を生み出す。
私は、ツツジの花が存在し、観察しているということを「真であるとみなす」。
わ か ら な い。
クオリアと志向性、分かるようで分からない。
もう、文ではなく著者の思考を私の脳に直接送信してほしい。
考えれば考えるほど、考えるべきことが出てきて、今の私の価値観の浅薄さが浮き彫りになる。
世界には、本当は難しいことなんてないのだと思う。
認識し得ないものは存在しないから。
言語や数値というフィルターを通すことによって、不完全な表現となり、
「理解する」のが難しくなる。
本質は難しいことではないはず。
哲学的に探究すればするほど、今の自分の認識に懐疑心が生まれて、とても哀れな精神状態になる。
その、哀れな精神状態の先に何かの答えがあるのかな...
探究してみたいけど、チキンなので、いつも完全突入する前に回避してしまう。
もし、その先に答えが有ったとしても、見つかるまでに精神崩壊してそう。
( ´д)ヒソ(´д`)ヒソ(д` )
アノコ ツイニ アタマガ イカレチャッタンジャナイ? バカネ ソンナノマエカラ ジャナイ。
ノウノ アルブブンガ ソンショウシテイル ミタイヨ。 ドウヤラ テオクレ ラシイ。
ホットイタホウガ ミノタメヨ。 カカワラナイホウガイイワ。
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