台湾 その7
6月23日
蔡さん達との懇親会のあと、ホテル1Fのラウンジで2次会。
台湾の若者と交流をしました。
日本留学経験がある陳さんには『まずは上司を勝たせなさい』の台湾版『99%的水蜜桃族沒發覺的工作規則』を差し上げました。
陳さんはお茶の水女子大に留学し、今は大学の先生です。
タイトルを見て、「すごい良いタイトルですね!」と言っていました。
サインを書いて差し上げました。著者のサイン入りは初めてらしく
周りの台湾人に早速広めておりました。
また、台湾で日本語学校の先生をしている方は、井上和彦先生を見た瞬間
「ファンです!こんなところで会えるとは~!」と大喜び。
チベット人も2人来てました。
慶応大学の日本人も留学しているらしく参加。中国語ペラペラでした。
特に、チベット人の方とは哲学的な話や、仏教の話でかなり共感しました。
マジックなどもして、大変楽しい交流会となりました。
台湾 その6
6月23日
蔡焜燦(サイ・コンサン)さん、台湾人との交流会
夜、蔡さんからお食事にご招待されました。
アンバサダーホテルの2階にある店で、
司馬遼太郎や、小林よしのりさんも、蔡さんに御馳走になっている店です。
感動・感動の2時間でした。
皆、泣いてました。中には嗚咽を漏らすほど泣いている人もいました。
Will 8月号に載っている、台湾歌壇の皆さん、三宅さんも参加。
各テーブルに若者と台湾のおじいさんおばあさんが交ざって盛り上がっておりました。
日本語が本当に上手で、まるで日本にいるようでした。
皆、日本人として生まれた方々です。
台湾人のほとんどが日本人が大好きだと言うことでした。
『そのくらい素晴らしい統治をしたと、日本に誇りを持ちなさい!!』(蔡焜燦さん)
『日本は、何も悪いことはしていないんだぞ!!』(皆さん)
『私は、日本に怒っている。台湾は東日本大震災の義援金を世界一の200億円以上出したのに、日本が感謝の気持を述べたアメリカのニューヨークタイムズの広告に台湾の名前だけ無かった。悲しい。そんなに、中国が恐いのか、私は何も恐くないよ!!』(90歳、リンさん)
声を震わせて、話すリンさんに、会場から嗚咽が漏れた。
終わった後も、日本の若者がリンさんの元に行き、泣きながら『スミマセンでしたーーーーーー!』と握手して頭を下げる姿を見て、
日本政府の対応に、更に更に怒りを感じた。
なぜ、日本が台湾の名前を載せなかったことに対し、日本の若者が泣きながら謝っているのだろうか。
私も、いろいろな思いが頭を駆け巡り、泣いていた。
実際に日本人として20歳まで生きた人たち。
その方々の本当の思い。
日本人として誇りを持ちなさい!とおっしゃる気持ち。
古き良き日本がしっかりと残っている台湾に、更なる愛着が湧いてきました。
台湾 その5
6月23日
人権パーク
2.28事件後の、国民党の残虐な実体の展示館。
【郭さん、井上先生の話】
戦後、日本が出て行った後が最悪だった。地獄の始まりだった。
国民党のシナ人は、現台湾在住者の11%を占める。
統治に入って来たシナ人は、台湾を治めるためになんとリーダー達を虐殺したり、追放したりした。
日本贔屓も禁止。
日本語を話したと言うだけで、懲役10年!!(信じられない)
蒋介石を呼び捨てにしたら懲役10年!!(うそでしょ!これ?)
数名で話合うことも禁止された。(まるで、今のチベットやウイグルのようだ)
当時の拷問の話
手の平と、ふくらはぎに針金を貫通させ、目隠しをし、一人ずつ撃ち殺して海に捨てる。

郭さんは、日本語を話しただけで捕まり、両手両足の親指の爪をはがされて、火焼島に島流しにされた。
そして、体中に砂糖水を塗られ、野原に放置され、蟻に咬ませると言う最悪なひどい拷問を受けたそうです。
赤字や修正文字は蒋介石が書きました。
その日の気分で懲役15年の人が、死刑にされたりしました。
新聞紙40枚を重ねて作ったという郭さんの布団だそうです。寝るスペースはこれしかありませんでした。
皆、横になって眠ったそうです。人権なんてありません。
台湾で、このような展示館がある事に驚きました。
李登輝さんや陳水扁さんが少しずつ空気を変えてきたのだそうです。
この展示館には誰でも入れます。
国護りの旅に参加したメンバーさんは、事実にふれて、
いかに国民党シナ人がひどい事をやってきたのかがわかったようです。
また、中国と台湾は明らかに違うんだと言う認識が芽生えた人も多かったです。
台湾その4
・烏来へ移動 烏来にはタイヤル族が暮らしている。普通のおみやげ屋さんのおばさんが、日本語で話してくれた。
おばあさんから習ったのだと言う。

・大東亜戦争時、日本兵として闘ってくれた高砂義勇隊の記念碑を見学、慰霊した。
タイヤル族の酋長の息子さんが出迎えてくれました。
なんと井上先生のご学友だった。二人でかなり盛りあがっていました!


高砂族は、日本人と共に闘った。ジャングルでの戦闘でものすごい力を発揮。
食べて良いものを見分けてくれたり、道を教えてくれたりした。
・当時の話
食料を取りに行った高砂族の人が、戻ってこないので、探しに行くと倒れて餓死していた。
日本兵に届けるためのたくさんの食料を抱えたまま!!
感動しました。
国護りの旅~台湾~その2
6月22~24日
メンバーさんとのツアーは、本当に心地よい。
まず、皆さん明るくて元気、さわやかです。
時間はしっかり守りますので、変なストレスがありません。
どこを廻っても、トラブルや誰かが居なくなったということが無い。
ベテランメンバーが多いせいか、変にテンションが高すぎないので、
一緒に居ても疲れません。
本当に、素晴らしい皆さんでした。
さて、初日のメインは
台北2.28記念館です。
2.28事件とは・・・
1947年2月27日、台北市内で外省人(中国大陸籍)官吏が、
たばこ売りの台湾人女性を銃床で殴打したことをきっかけに、
翌28日から国民党統治に対する抗議行動が台湾全島に拡大した。
国民党軍は武力による鎮圧に踏み切り、殺害・処刑された被害者は、
その後の政治弾圧を含めて1万8000~2万8000人とされる。
・・・
上記の事件から50年後に記念館を設立しました。
1945年、日本が戦争に敗れ、台湾統治を放棄しました。
その後、何の条約も無いのに、勝手に台湾に入ってきたのがシナの蒋介石率いる国民党です。
そして、
・戦闘機約889機
・戦車や鉄砲
・船舶525隻
・20万将兵の2年分の装備軍用品
・食料231万トン
・私企業、ビル、文化施設20万の住宅
・7つの銀行の本支店の預金全部
・米や雑貨日用品全て
『敵産』として没収された。
当時の金額で約110億円
すべて、蒋介石にぶんどられました!
泥棒みたいなものです。
つづく
国護りの旅 ~台湾~ その1
6月22日
30名のメンバーで台湾へ行ってきました。
井上和彦先生(軍事ジャーナリスト)に案内をしていただきました。
今ツアーで以下の事が大変良くわかりました!
①台湾人は世界で一番日本が大好きなのです。それはなぜか?
②日本には2発の原爆を落とし、台湾には蒋介石(しょう・かいせき 共産党に敗れた国民党のTOP)
を落とした!と言われている理由
③蒋介石が、世界TOPクラスの大悪党と言われる理由
④製造技術が素晴らしい理由
⑤病院が充実し、医師が世界的に優秀な理由
⑥街が清潔で、臭くなく、食べ物がおいしい理由
⑦中国人(シナ人)とは、全く違う民族であると言うこと
⑧中国を振り払い、台湾として独立(建国)した方が絶対に良い
⑨日本は、台湾や朝鮮に対して搾取したのではなく、世界で一番の統治をした事
⑩東日本大震災の義援金が200億円も集まった理由
⑪日本人の先輩は、戦前、台湾に対して本当に素晴らしい事をした。胸を張って誇りを持って良いと言うこと!!
などなど、直接70~90代のおじいさん、おばあさんに話を聞きました。
現地を視察に行きました。
驚きと感動、涙のツアーでした。
日本人の皆さん、台湾を学ぶと今までの学校で学んできた事が、
いかにねじ曲げられていたかがすごくわかります。
蔡焜燦(さい・こんさん)さん曰く
「日本人よ、胸をはれ!あなたたちの先輩は、決して悪いことなどしていない!」
つづく
WEBサイトリニューアル
コミュニケーションマジックのWEBサイトをリニューアルしました。
どんなマジックができるようになるか、動画も用意しました。
是非ご覧になってみてください。
http://www.best-magic.com/
第257回未考会
6月14日
『水ビジネスをめぐる世界の動き』
グローバルウォータ・ジャパン 代表 吉村和就先生

かなり密度の濃い、おもしろい時間でした。
(笑いも多かったです!!)
一部を公開します。
・地球の97.5%が水。 しかし0.01%しか使えない。
・東京では、一人一日300L使う計算。
・日本は海水を淡水にする技術が世界一。
・海水を淡水に変えれば、世界の水問題は解決するか?
→答えはNO
なぜなら、1トンの淡水を作るのに、1キロワットかかる。
よって、100トンの淡水を作るのに、100キロワットかかる。
エネルギーがかかり、値段が高いので、大金持ち以外は無理。
しかも、一トンの海水から淡水は500リットルしか出来ない。
残りの水の塩分の濃度が5%から7%になってしまう。
7%を海に放流すると、生態系が乱れる。
ちなみに7%の濃度ではほとんどの生命体は死滅します。
148カ国中、たった21カ国しか自国の水源を持っていません。
水の問題は、増えることはあっても今後減ることは当分ないでしょう。
日本の水は、中国人によって狙われています。すでに買われています。
一刻も早い法整備を望みます。
真弓小児科医院の真弓定夫先生
6月11日
数年前、美健ガイド社の倉社長と出会い、
それから、美健ガイド社のマンガ本を数十冊読みました。
それ以来、大ファンであります!!
その、食に関するマンガ本の数十冊の監修をされているのが、真弓定夫先生です。
今回は、しがくセミナーの講師のお願いに吉祥寺の真弓小児科医院を訪ねました。
噂に聞いていたとおり、ここは病院か?という場所にあり、室内も病院らしくありません。
真弓先生は、子育てで無く「子育ち」と言い、薬は出しません。
人間の本来持っている免疫力や自然治癒力に詳しく、その道では日本一だと思います。
1945年、アメリカに負けた日本はかなり強かった。(3年8ヶ月ガチンコで闘えたわけですから。)
アメリカは、日本が二度と刃向かってこないようにと考え、日本人の骨抜き作戦を考えた。
・食べ物をコントロールして(CMなどを利用)弱い体を作る。先ず粉ミルクからスタート。
・家族の断絶をはかる為、個人主義や個室の奨励をする。
・牛乳は牛の赤ちゃんが飲むもの。
牛乳でガンの発症率は上がる、牛乳は毒のようなもの。
など、普通の日本人が驚くような話が次から次へと飛び出しました。
しがくセミナーでの講演も、ご快諾いただきました!!
お楽しみに。

















