いつものことだ。
ママが作ってくれた肉じゃがとお魚の煮つけの夕食を食べながら、空っぽの
パパの席を見つめる。
パパがこの料理を食べられるのはいつだろう。時には食べられる前に私たちで
食べちゃうこともある。今度は食べられるかな。
美味しいんだよ、肉じゃがも、お魚も・・・。
二人だけの食事も慣れた。けど、寂しいのはやっぱりさびしい。
流斗はもうミルクを貰って半分ウトウトしている。まだ一緒のご飯は食べられない。
でもそうだよね、こういう生活をママとずっと15年続けて来たんだ。
寂しくないよって言ったらウソになるけど、それで私も流斗も暮らして
いけるんだ。
「茉那、夏休みどうするの?」
ママが肉じゃがを小皿に取りながら聞いた。
「え?」
「また・・・パパが来る前に行ってる?」
「ママは行けるの?」
「うん、流斗も連れて行けると思うし。行くわよ」
「パパ、お休み取れるのかな。コンサートの練習、あるでしょ?」
ママはほほ笑んで私の肩に手を置いた。
「大丈夫よ。1週間も取れるかは分からないけれど3日くらいなら、取れるって
大島さんが言ってたわ」
「パパが来るなら行く」
それからちょっと上を向いてため息をついた。
「また、ハワイかあ」
なんて美佳が聞いたら目を剥いて怒りそうなことを言って、箸を一旦置いた。
「でも、唯一パパと外でべたべた出来るもんね。まあ、ほかにも芸能人が
たくさんいるからあまりおおっぴらにはできないけれど・・・」
私は決心した。
「・・行く。ママと、流斗で先に行ってパパ待ってようよ」
ママはにっこり笑った。
そう、ママを心配させちゃいけない。
じゃないと、ママがパパと結婚したことを・・・売れっ子の芸能人と結婚した
ことを後悔してしまう。
私に罪悪感を持ってしまう。私はママも大好きだから、ママにもそんな思いを
させたくない。
「うん、行こう。プールで泳ぐんだ。そうだ!今年は美佳にもハワイの
お土産買おうかな」
毎年ハワイでは驚かれると思って、私は美佳にお土産を買ってきたことがない。
その点でも美佳を騙している。
「うん、そうなさい」
ママも私の気持ちをわかって、そう言ってくれた。
世間では中三の夏休みと言えば、「受験」の二文字が迫ってくるが、幸い私が
行ってるところは、私立の大学の付属。ここに私は幼稚園から通っている。
美佳は小学部からだ。
よほど素行が悪かったり成績が悪かったりしない限り、エスカレーター式に
上に上がれる。
ま、もちろん幼稚園から小学部、小学部から中学部は義務教育だから、
希望する生徒は全員上がれたけれど。
そんなわけで、中三でも私はというか、全員がのんびりしていた。
あまりこの学校は外部に進学という子がいない。
学年で一人か二人だ。一応、高等部も外部受験生がいるから高等部に上がると
多少知らない顔が増えるだろう、それでも30人程度だ。
高等部に上がる頃には、流斗も1歳を過ぎる。その頃には公表出来たらいいな。
といってもそう簡単にできることじゃないけれど。
一度でいいから、パパと歩いてみたい。
それに卒業式や高等部の入学式にも来てほしいよ。今まで、幼稚部の入園式も
卒園式も。小学校の入学式や卒業式ももちろん中学部の入学式もママだけだった。
「・・・茉那?」
色々と空想が膨らんでしまって黙り込んだ私を心配して、ママが声をかけた。
「ん?ううん、何でもないよ、ママはいつごろから行けるの?」
私は極力明るい顔を作ってママに言った。
明日は、パンフを貰いに行ったりしようか。旅行の服も見に行こうか。
ママは私に気を遣ってる。
「うん。行こう!新しい水着も欲しいな。流斗にも着せようか」
私も明るい声を出して、お魚の煮つけをつついた。
