夜通るのと昼間通るのでは、景色が違う。しかも殆ど1ヶ月ぶりだ。

 

私は行きと同様、窓の外に釘付けになった。

 

「夜と朝では景色が違うでしょう?行きは暗くて、良く見えなかったですものね。

 

でも何もないからがっかりしてるんじゃない?」

 

確かに、山・山・山だらけだ。何があるわけでもない。でも・・・東京に戻ったら、

 

こんな山は見られない。

 

私は、首を横に振って視線を前に戻した。車は行きより、視界が良いせいか、早い

 

気がする。・・・そういえば・・・

 

私は気になっていたことを聞いた。

 

「この一ヶ月・・・祥太郎さんはお店どうしていたんですか?」

 

そうなのだ。祥太郎は私があそこで仕事している間、ずっと居た。お店は閉めたまま

 

だったのだろうか?

 

「行ってましたよ」

 

「・・・え?うそ・・・」

 

祥太郎は笑った。

 

「行ってましたよ。あの店は毎日ではないし、お盆休みもありましたし、朝から晩

 

まで開けているわけではないんでね」

 

確かに私は一日中、祥太郎の姿を見ていたわけではないけど・・・。

 

「店には予定表貼り出しておきましたし、あの駅は一日三本しか電車来ないので、

 

その時間に駅に居ればいいんです。いつもはずっとあの店に居るんですが、父が今年

 

は優希子さんがいるからお前はいちいち帰ってこいって。優希子さんが父と母だけで

 

は緊張するかもって、思ったんでしょうね。まあ、日中は飛ばせば駅から30分で

 

帰れますから・・・」

 

「え~。じゃあ、私のために一日三往復させちゃったんですか、うわ・・・」

 

私は恐縮してしまった。

 

「大丈夫ですよ、最初に言ったでしょう?ここは知り合いしか、乗り降りしません。

 

もし、シャッター閉まってても、小さな扉があるから出られるんです。本当にあの駅

 

にここの住人以外の人が降りたのって、3年ぶりくらいじゃないかな?」

 

えええええ~・・・?そんなに?

 

心読まなくったって今のは分かるだろうなと言うくらい、私はびっくりした。

 

「ええ、だからあの日は優希子さんのためにだけ、駅を開けてたって言っても過言

 

じゃないんです。

 

本当は店も、あの街の中に出した方が効率いいんでしょうけど、そうすると駅の

 

管理をまた一人増やさなくちゃいけなくなる。だから、あそこなんです。

 

みんな買い物は月に一度くらいだし、お年寄りは僕が行くときに頼むし、郵便や

 

宅配便なんかも僕が運んでますから」

 

何なんだ、ほんとにここ。

 

「ああ、もう着いちゃいますね」 

 

心なしか、祥太郎の声も寂しげに聞こえた。そうであって欲しい、という私の願望

 

だったのかもしれない。

 

・・・本当にさよならなんだ・・・見覚えのある店と、駅が見える。

 

ほんとだ、こんな時間なのに、シャッターが閉まってる駅なんて。

 

祥太郎は店の裏に車を停めて、降りた。私も降りようとすると、祥太郎はさっと

 

助手席側に回って、ドアを開けてくれた。

 

「あ・・・ありがとう・・・」

 

荷物を降ろしてくれ、駅まで引いてくれる。

 

「こっちから行きましょう」

 

・・・あ、さっき言ってた扉だ。シャッターの隣に、小さな扉があった。

 

「ちょっとしゃがまないとですけど・・・気をつけて・・・」

 

私より大きい祥太郎は、そこをくぐりぬけるのに苦労している。くぐって、駅長室の

 

ようなところに入ると切符を一枚、持ってきてくれる。

 

「はい、切符」

 

「いくらでしたっけ・・・・?」

 

「いいですよ」

 

「でも・・・」

 

「僕からの餞別です」

 

そんな言い方、やだ!・・それにそんな風に言われると、払えなくなっちゃうじゃ

 

ない。

 

でも、そんな私の気持ちなんて知るわけないだろう。私は切符を受け取って素直に

 

言った。

 

「わかりました。祥太郎さん、一ヶ月ありがとう」

 

「こちらこそ。久しぶりに楽しかった。美星子が戻ってきたみたいでした」

 

・・・そっか・・・私、妹・・・ね・・・

 

「う~ん、実際は美星子より話しやすかったし、役に立ちましたけどね・・・」

 

周りに何もないこの高台で、私たちの会話だけが響いて聞こえる。

 

「それから・・・」

 

祥太郎が付けくわえた。

 

「僕たちを・・怖がらないでくれてありがとう」

 

私は、祥太郎をみつめた。