「なんか・・・突然こんなこと言ってびっくりするかもしれないんだけど・・・」

 

美星子は、ブリーフケースを膝の上でもて遊びながら、話し始めた。

 

「優希子、この夏バイトしない?」

 

「え・・・バイト?」

 

「そう・・・」

 

「なんの?」

 

「私のね、田舎に行って実家の手伝いをしてほしいのよ」

 

どんなバイトか想像もつかなかったが、この話にはびっくりした。

 

「関口さん、いえ、美星子のおうちの?」

 

「そう、びっくりするわよね」

 

「ええ・・まあね」

 

「実は私、今年の夏は大学主催のキャンプに行くって決めちゃったのよ。もうお金

 

振り込んじゃって・・・」

 

「え、あのキャンプ?」

 

この大学では、学生対象に毎年夏にアメリカ縦断キャンプを実施している。

 

自転車と車で東海岸から西海岸までを横断するという過酷なものなのだが、その間

 

ホームステイを体験できたり、UCLAの講義を受けられたり・・・と、至れり尽くせり

 

で結構料金は高い。

 

私ももちろん行ってみたいと思ったが、春からバイトしてもちょっとバイト代すべて

 

をつぎ込むのは躊躇する金額で、断念していた。それに行くというの?すごい。

 

「ええ。実を言うと、そのキャンプに行きたくて、この大学選んだようなものなの。

 

だからここを受験するって決めた、高一からバイトしてたのよ。昨年も行きたかった

 

んだけど、実家の仕事をするように言われちゃって行けなかったの。だから今年こそ

 

はって先に申し込んじゃった」

 

「すごい。いいわねえ・・・」

 

「そしたら案の定、親からガンガン言われちゃって・・・で、誰か大学の友達に行っ

 

てもらうわって言っちゃったのよ」

 

「それで・・・私?」

 

「ええ。あまりお話したことはないけど、一度実験で一緒の班になったでしょ?

 

あの時、優希子と話していい人だなって・・」

 

「あら、ありがとう」

 

「実家の親がいるのよ。ちゃんとした人でなきゃ紹介できないわ」

 

「じゃあ、私なんか・・・」

 

「大丈夫!優希子は。私が保証するわ。ね・・お願い!!」

 

美星子は手を合わせて、拝まんばかりだった。

 

「そんな・・・・でも私に出来るの?ご実家に迷惑かかるんじゃ・・・?」

 

「大丈夫よ。そんな難しいことじゃないわ。優希子ならきっとやり遂げられる。それ

 

とも、もうバイト決まっちゃった?」

 

「ううん。これからバイト探しに、掲示板見に行くところだったの。だから今決まっ

 

ちゃうのは楽だけど・・・」

 

「じゃあ!お願い!助けると思って!」

 

ここまで拝まれると、断りにくい。美星子はそういう私の性格も、読んだのかもしれ

 

ない。

 

「・・・わかったわ・・・」

 

私は、覚悟を決めた。そんなに付き合いもないけど、同じ講義をとっていて顔も

 

知っている。信用してもいいだろう。探しに行く手間も省けるし、何よりお金になる

 

なら・・・真由とも旅行しようって言っていたから、軍資金は必要だ。

 

「ホント?ありがとう!」

 

美星子は私の手を取って、ぶんぶん振った。膝のブリーフケースが落ちる。

 

「あ、ほらほら・・ケース落ちたわ!わかったから・・・」

 

私は笑顔で言った。

 

うん。大丈夫よね。

 

「どこに行けばいいの?ご実家って?」

 

美星子はブリーフケースを拾うと軽く砂を掃い、中から一枚の紙を出した。

 

「ここなの」

 

美星子は地図をコピーしていた。

 

「どこ?これ、星降(ほしふり)(えき) って・・・読むの?」

 

「そうY県の・・この山の辺りなの。ちょっと遠いけど、もちろん往復の交通費も

 

出すから」

 

「Y県?」

 

そりゃ遠い。しかも美星子の指さしたこの山は、中心部から結構離れている。

 

行くだけで半日はかかるだろう。

 

「日にちは来月の10日から8月の15日まで・・・で、バイト代は・・・これ」

 

「え・・?」

 

私は、美星子の提示した金額に、ちょっとびっくりした。

 

約一ヶ月ちょっとでこの金額?何度数えても間違いない。けど、0が一つ違ってる

 

んじゃないの? 

 

こんなに出すなんて、美星子の実家っていったい何やってるんだろう。

 

「こんなに・・・?」

 

美星子の提示した金額に、私は驚いて聞き返した。

 

「ええ。でも危険な仕事じゃないわよ。根気がいるけどね」

 

「地道な作業なら得意だけど・・」

 

危険な仕事じゃないのにこんな金額?私はまだ信じられない。

 

「ふふ・・。優希子ならそう言うと思ったわ」

 

でも、美星子のほうは動じない・・・というか、おかしいとも思っていないようだ。

 

ホントなのだろうか?ホントにこれだけの金額がもらえるなら、すごい。本当に

 

怪しげなバイトではないのかな?という不安もよぎったが、彼女はそんな感じには

 

見えないし、そんなことをしそうにも思えない。確かにこれだけあればしばらく

 

リッチだよねえ。

 

私は、不安な気持ちを隠せないまま、だけど何となく・・・というかすっかり、

 

行く気になっていた。