自分の家があればそれはすごく心強い。お母さんがいれば・・・。
「ここが5丁目4・・・と言うことは冬子の家が4-20だろ?行ってみよう」
「・・・井上君・・・」
井上君は、それだ!と言って急に立ち止まった。
「え?」
「それだよ、名前。あんな偶然あるか??同じ名字ならわかるけど、下の名前まで
一緒、字も一緒なんて。しかも冬子は旧姓も一緒だ。・・・・それって・・・」
そうだった。車やポケベルのことで気を取られていたけれど、もっともっと驚いたこ
とがあった。名前だ。
そんなに一緒なんてあるんだろうか。しかも旧姓までなんて。
「これ・・・何かあるぞ」
「何かって・・・」
「・・・笑うなよ。絶対笑うなよ・・・俺だって信じられないし・・・なんて間抜け
なこと言ってるんだろうって思いながら言うんだからな、俺達・・・違う時代に来ち
ゃったんじゃないか?」
余りに突拍子も無くて笑うどころじゃなかった。
「それって・・」
「だっておかしいだろ?なんか・・・全てがおかしいだろ?」
冬子はその口調にちょっと怯えて震えた。
「ごめん。怖いか・・・・ごめん、俺だって怖い。何か得体のしれない・・・何か
起こってる。でも・・・・俺も一緒だから。大丈夫だから」
冬子は頷いた。
そうだ。こんな体験したのが一人の時でなくってよかった。
今はそうでも思わないとうやってられない。
「この・・辺りだわ」
住居表示は5丁目4-15を指していた。二人で目を皿の様にして探して行く。
「・・・あった!・・・これだろ・・・?」
井上君が指さす。
確かにそこには 「長尾町5丁目4-20」と書かれていたが
「表札、櫻井になってないわ」
冬子が当惑して言った。表札には「石井」と書かれている。
「まさか俺達が塾に行ってる間に引っ越す・・・・なんて冗談はやめような」
「でも・・・この門。それにこの家。絶対今朝まで私がいた家よ」
透子は門の表札に触ってみた。まさか・・・・いたずらなんて・・・
・・・ことはなかった。表札は確かに「石井」になってたし、打ちつけてある釘も
結構古い。これは数年くらいは経っていそうだ。
「お父さん・・お母さん・・・」
冬子はつぶやくと
「この家、私の家よ。私が育った・・・さっきまで住んでた家よ!!」
叫びにも似た声をあげた。
「わかってる、わかってるよ。自分の家を間違えるわけがない。でも、と言うこと
は」
井上君はしばらく表札を見ていたが、思い切って門の中に入った。