冬子が、井上君をつついた。

 

あれ・・・小声でつぶやく。井上君もその四角い小さなものに目を奪われた。

 

・・・ポケットベル・・・だろうか・・・・でも、それにしては折りたたまれている

 

し、ポケベルじゃ電話はできないはずだ。

 

最新式なのか・・・?自分で手提げのポケットを探ってみる。いや、自分のだって

 

そんなに古くないはずだ。それに見たことがない、電話が出来るなんて。

 

遥奈は、誰となのか、話をしている。

 

「うん・・うん・・・わかった、じゃ後で写メ送るわ」

 

・・・・写メ・・・?またも顔を見合わせる。

 

電話を切った遥奈が、それを操作し始めた。冬子はそれを横眼で追った。

 

データフォルダ・・・?

 

そして写真がたくさん保存してあるのを見て、冬子は叫びそうになった。

 

何、これ・・・?

 

冬子が見ているのなんて気付かない遥奈は、その中からいくつか写真を選び、相手に

 

送ったらしい。

 

「送信しました」の文字が冬子の目に飛び込んできた。・・・何?今の。

 

まさかここで聞けるわけがない。でも、あの人は今何をしていたんだろう。

 

そのうちに高速入口の標識が目に入ってきた。

 

すると、お父さんは、おっと・・・と言って「一般」と書いてある道から「ETC」

 

と書かれた道の方へ移動した。

 

あれ・・・いつもうちのお父さんが高速に入る時は、係の人から紙貰ってる・・・

 

なのにこのお父さん、普通にレーンを越えただけだ。

 

高速に関しては井上君も気付いたようで、きょとんとしている。

 

「・・・冬子さんちの車はETC付けてないの?」

 

遥奈が聞いた。

 

「え・・・?ETC?」

 

だけど、それに遥奈が答える前にお父さんが反応した。

 

「・・・冬子?君、冬子さんって言うのか?」

 

「はい」

 

「それだけじゃないのよ、お父さん。この人、櫻井冬子さんって言うんだって。

 

お母さんの旧姓と同じ。字も同じよ。冬の子供。しかもね、こっちは井上祥太郎さん

 

よ。びっくりでしょ?」

 

遥奈の声に、お父さんは

 

「へえ、そんな偶然があるなんてなあ」

 

と驚いている。

 

井上君の手が、冬子の手を探し、触れた。ぎゅっと握ってくる。

 

・・・・井上君・・・。握っている手が冷たくなっている。

 

「あはは、ね、あなたたちも結婚したら、うちのお父さんとお母さんと全く一緒に

 

なるわね」

 

遥奈はのんきに笑っていたが、冬子も井上君も笑えなくなってしまった。

 

やがて、車は高速道を抜け、一般道に入る。その時もETCと言うレーンを通って、

 

お父さんはお金を払ってなかった。

 

「・・・え~と、多分この辺なんだと思うんだけどな」

 

お父さんはスピードを落とすと路肩に停め

 

「S市の・・・・なんて言う街だっけ?」と住所を聞くと、ハンドル横の四角い機械

 

に住所を入力し始めた。

 

ポン・・・音が鳴って、直進300m、左折です・・・・

 

機械から女性の声がして、冬子は飛び上るほど、びっくりした。

 

「あら・・・カーナビも知らなかった?」

 

遥奈が驚いたような声を出した。

 

「これ便利よぉ。住所を入力すると道案内してくれるの」

 

やっぱり変だ。冬子も思わず、井上君の手を握り返した。井上君が驚いたように

 

冬子を見た。