「櫻井・・・冬子さんっておっしゃるの?」

 

「はい」

 

「井上・・・祥太郎さん?」

 

「・・・はあ」

 

「まあ、なんてことでしょ。私の旧姓と同じなんて」

 

お母さんは驚いていたが、冬子の心臓は高鳴っていた。

 

思わず、膝に置いた手をそっと下ろすと、その手を井上君がしっかり握った。

 

・・・井上君・・・。

 

なんかおかしい・・・井上君も感じ取っているらしい。

 

「さ、お菓子って言っても余りないんですけどね。これ食べて待ってて頂戴。

 

もうすぐ、お父さん帰るって。そしたら送ってもらうようにさっき頼んでおいた

 

から」

 

そんなこと・・・そういいかけた冬子を制するようにお母さんは

 

「だってこの距離帰るなんて。大丈夫、心配しないで」

 

と、にっこり笑った。

 

「そうそう。飲んで」

 

遥奈にも勧められて、冬子はカップに口を付けた。

 

あまい・・・気持ちよくなりそうな甘さだ。かなり疲れていたのかもしれない。

 

すると

 

「いいなあ、僕も・・・」

 

廊下から声がして、入口からちょっと顔がのぞいた。

 

「光。こっちへいらっしゃい」

 

遥奈が呼ぶと光と言われた子は、ぴょこっとまた顔を覗かせて部屋に入ってくると、

 

遥奈の隣にちょこんと腰をおろした。

 

「この子は光。弟なの」

 

光はうん、と頷くと、右手をグイッと付きだして広げて見せた。

 

「光、ちゃんと口で言いなさいよ。・・・・5歳なの」

 

光はちゃっかり遥奈のココアに手を伸ばし飲んでいる。

 

「この人たち、だあれ?」

 

この人たちはね・・・遥奈が説明すると

 

「迷子~?大きいのに。お母さんの手を離しちゃいけないんだよ」

 

と得意げに言った。

 

リビングがちょっとだけ笑いに包まれた。お母さんが光の分もココアを入れてくる。

 

みんなで飲んでいるとお父さんが帰ってきた。

 

リビングに顔を出すと

 

「やあ、君たちか、お待たせ。じゃあ、行こうか」

 

にこやかに笑ってくれた。

 

「私も行く!」

 

遥奈が立ち上がって、

 

「コートを取ってくる」

 

と、リビングを出て行った。

 

「僕も!!」

 

光もそう言ったが、

 

「光はダメよ。遠いしね。お母さんと待っていましょう」

 

お母さんに諭されて膨れている。