「いいなあ。陽」

 

冬子は窓に肘をかけてつぶやいた。

 

「何が?」

 

最後のビスケットを口に放り込みながら陽は聞いた。

 

断っておくがここは家ではない。学校だ。

 

育ち盛りのこの時期は給食では全然足りないのだ。

 

「だって・・・翔君って言う彼がいてさ」

 

ゴホゴホ・・と陽はむせて

 

「彼氏ぃ?彼氏じゃないわよ、あんなの」

 

慌てて否定した。

 

「違うの?3組の関根さんが翔君のこと狙ってたけど、彼女がいるらしいって聞いて

 

諦めたって。でももし違うなら・・・」

 

冬子がそこまで言うと陽は今度は

 

「えっ・・・関根さんって、あの不良っぽい子でしょ?ダメよ、そんな子翔には!」

 

とさえぎって

 

「ま、翔のお目付け役なのかもね、私は。私がいなきゃダメなのよ、翔は」

 

と訂正した。

 

「それは、陽の方でしょ?なんだ、やっぱり気になるんじゃん」

 

冬子はくすりと笑うと

 

「私もねえ」

 

とちょっとつぶやいてみせた。

「何?彼氏出来たの?」

 

陽が身を乗りだして聞く。

 

「あ、違うわよ、まるきり片思いなの・・・」

 

冬子がため息をつくと、陽はバンッと背中を叩いて

 

「誰なのよ?」

 

と聞いた。

 

そこへ、窓の下をサッカー部員がランニングしながら通った。

 

「サッカー部だ。そろそろ引退だよね。翔も、高校行ってもサッカー続けるのかな

 

あ」

 

翔はサッカー部員だった。三年生は七月のインターハイで引退することになってい

 

る。

 

・・あ・・・!

 

 

冬子の顔が赤くなったのを、陽は見逃さなかった。

 

「ちょっと、何?サッカー部の子なの?冬子の好きな子」

 

誰よ、誰よ!!

 

あちゃあ、バレちゃった。陽の攻撃で冬子は小さく、指を指した。

 

「誰?えっ・・・五島・・・・じゃないし・・・掛原でもない・・・あ、もしかして

 

井上君?」

 

し~っ、声が大きい。

 

冬子は慌てて、陽の口を押さえると、コクンと頷いた。

 

「・・・井上君かあ・・・ま、そこそこカッコいいよね。翔には劣るけどさ。

 

そっかあ、井上君に惚れたかあ」

 

陽は好き勝手なことを言うと、いきなり冬子の両肩を掴んだ。

 

「よし、この恋、応援しようじゃないの!」

 

えっ・・・?

 

「任しといて。翔は井上君と仲いいんだ」

 

キュンッ・・・

 

陽が井上君と言うたびに胸がキュンとする。息苦しいくらいにドキドキするのだ。