「はあい」

 

女性の声が聞こえてくる。

 

「奥さんかな」

 

杏子に囁く菜桜に

 

「・・・・かなじゃなくて妻だ」

 

緑久保はそう言うと

 

「開けてくれ。連れてきた」

 

かちゃりと音がすると中から

 

「ホントに先生の奥さん?」

 

孝宏が驚くと

 

「だから言うな、って言っただろう」

 

緑久保は、孝宏を軽くにらむと

 

「妻の楓、だ」

 

「はじめまして。いつも主人がお世話になっています」

 

その女性は、にっこりとほほ笑んだ。

 

「綺麗な奥さんじゃない。勿体ない・・・・・」

 

菜桜が言うのも無理はない、つややかな黒髪を軽く束ねて可愛らしいワンピースを

 

着た女性。到底緑久保の・・・・あああ、いやいや・・・・。

 

「何か言ったか?」

 

何も言いません、菜桜は目の前で否定するように手を振った。

 

「えと、でこれが・・・・俺の教え子だった浅井の兄で、こっちからは今の

 

教え子の結城、新川、あさ・・・・・えええ?」

 

そこで初めて緑久保は気付いて、素っ頓狂な声をあげた。

 

「・・・あさ・・い・・・・お前って双子だったのか?」

 

驚く緑久保に尚人は、いけね、という顔をすると

 

「実はそのことで先生に話があって・・・・・」

 

と切り出した。

 

「ええ、まずともかくあなた、上がっていただきましょうよ」

 

楓にも促され、呆けたように緑久保は

 

「ああ、まずはともあれあがれ・・・・」

 

とスリッパを出してくれた。

 

靴を片方しか履いていない菜桜は靴を脱がせて貰い、孝宏と真宏に支えられ、

 

居間に入る。

 

「わああ、広い・・・・ここも想像と違う・・・・・」

 

杏子が感嘆の声を上げる。

 

「おまえらなあ、どんな家を想像してたんだよ」

 

緑久保は笑うと、ソファを勧めた。

 

 

ソファには綺麗なカバーが掛けられていて、壁際にはピアノが置いてある。

 

その隣にはひらがなの書かれたマットが敷かれ、子供のおもちゃがいっぱい

 

置いてあった。

 

「何せ場所が少ないんでな、ここを子供たちの遊び場にもしているんだ。

 

だけどそのマットからは出ちゃいけないって言ってな・・・っておまえら、

 

何してる!?」

 

見れば居間の入り口から小さな手が三つ。

 

「パパ」

 

「お客さん?」

 

「学校のせんせ?」

 

次々に顔が覗く。

 

「わあ、カワイイ、先生のお子さん?」

 

「三人も居るの??」

 

「うわあ、似てない、カワイイ!」

 

最後の言葉に緑久保は変な顔をしたが

 

「仕方ないな、おまえたち、もう寝てろって言ったじゃないか。まあ、

 

しょうがない、紹介だけはしよう。入れ」

 

そう言うとまるでマトリョーシカのように、似たような顔のだけどもサイズが

 

違う三人がぴょこっと入ってきた。

 

「左から長男の颯斗5歳、次男の斗真4歳、三男の真哉3歳、だ」

 

三人はぴょこんと頭を下げた。

 

「へええ、三人もいるとは思わなかった」

 

尚人が驚くと

 

「で、もうすぐ4人目が生まれるんだって」

 

菜桜が付け加えた。

 

瞬く間に居間は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、それを聞いて3人の

 

子供たちも嬉しそうにはしゃいだ。

 

「おい、おい!静かにしろ!・・・ったく、ホントに学校でも家でも」

 

緑久保は暑くもないのに汗をかいて

 

「さあ、もういいだろう、パパはお客さんだ、早く2階に行って寝なさい」

 

そう言うと子供たちを追いだす。

 

「はあい」

 

「おやすみなさい~お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 

3人はバタバタと走りながら階段を駆け上がって行く。

 

「慌てるな、真哉をちゃんと連れて行けよ!」

 

緑久保は階段の下から怒鳴ると、ため息をつきながら居間に戻ってきた。