「・・・どうしたの?」

 

車に駆け寄り、後部席のドアを孝宏が開け、乗り込みながら聞くと

 

「孝宏が・・・・あ、いや、あの孝宏が消えた」

 

尚人兄さんは茫然として言った。

 

「ここに居ろって言ったのに、僕が荷物を運びにここを離れた隙に立ち去った

 

んだろう」

 

悔しそうに言うと一枚の紙を見せた。

 

そこにはこっちの孝宏の字とは似ても似つかない乱雑な字で、何やら書いて

 

あった。

 

「ごめん。やはり菜桜は俺が探す。みんなを巻き込んでしまうなんて申し訳ない。

 

もし見つからなかったら、元の世界に帰れなかったら仕方ない、ここで暮らす

 

ことにするよ。一晩、世話になった、ありがとう 孝宏・・・・・ってばか!」

 

急に杏子が怒鳴って、私たちは目を丸くした。

 

「バカじゃないの、ここに知り合いなんていないのに、一人でどうやって

 

探すのよ!私たち、迷惑なんて思ってないのに。もし・・・向こうの菜桜が

 

見つからなくて帰れなかったらここで暮らすって・・・・どうやって暮らすのよ、

 

どこかから越してきたんじゃない、次元が違うんだよ、無理に決まってるじゃ

 

ない!」

 

杏子は興奮して肩で息をしていた。

 

「・・・その通りだよ。申し訳ないって気持ちはわかるけど、無理に決まってる」

 

尚人兄さんも頭を抱えた。

 

人一人が、生活していくこと、それはたやすいようでたやすいものではない。

 

よく、「俺は天涯孤独だ、一人で生きて行く」なんて行き巻いているひとが

 

居るが、はっきり言おう、人間一人では生きていけやしないのだ。

 

自分一人で生きているつもりでいても、誰かの手を借りている。

 

直接的ではなくても間接的に知らず知らずのうちに、人の助けを借りて生きて

 

いるのだ。

 

まず、どこかに住むとしても、仕事をするにしても住所が居る。保証人が要る。

 

住民登録をしないと様々な面で困る。病気や怪我だってしないとは言い切れない。

 

保険証が要ると言うことは住民登録が必要だってことで・・・・

 

いきなり16歳の年齢でこの世界に来ましたなんて、役所の人は信じちゃ

 

くれない。

 

そしたら仕事だってできないし、もし保護を受けるにしても、やはり戸籍は

 

必要なのだ。

 

一体、どうするつもりなんだろう、簡単に一人で生きて行くなんて言えない筈

 

なのに・・・。

 

でも反面、居なくなった孝宏の気持ちも痛いほどわかっていた。

 

いくら同じ顔で、同じ名前でも違う人格、違う人間、

 

ほぼ初対面なのにここまで甘えていいのか、そう思うのはまともな人間だったら

 

当然だ。

 

「可哀想・・・・孝宏・・・・あ、向こうの世界の孝宏ね」

 

菜桜はボソッと呟いた。

 

「ともかく・・・・孝宏を探す。まずそれからだろうな」

 

尚人兄さんがいい、みんな頷く。

 

で、まず孝宏を探そう・・ということになったが、4人で動くのは得策ではない

 

だろう。

 

尚人兄さんは、車を運転できるのは僕しかいない、菜桜ちゃんは足が悪いから

 

車で移動だってことで、私と尚人さん、孝宏と杏子と言うペアになった。