「疲れました?」
まあね。一日でこんなにエピソードが満載なんだもん。
「少し休むといいですよ」
祥太郎が部屋のヒーターのスイッチをつける。
「少しあたためましょう。風邪ひいたら大変だ」
「じゃあ、お茶淹れますね」
私もポットに水を入れてコンセントを挿す。
「ここ・・・わかっちゃうかしら・・・」
窓から下を覗きこんでいる祥太郎のそばへ行って一緒に下を覗く。
さすがに12階になると人が小さく見える。
「さて・・・。運が良ければ見つからずに・・・運が悪ければ見つかるでしょう」
「答えになって無いわ」
私は吹きだした。そして空に目をやる。
「真っ暗ですね」
空は真っ暗だった。星なんて見えない。
「七夕がもうかなり前に過ぎましたからね」
祥太郎の言葉に気付く。
そうだった。
・・・・・・七夕の日は一年に一度、牽牛と織女が出会う日。その日は二人を祝福して、
天上の星たちが一斉に移動するんです。流星雨が降り、天の川の星たちも他の星たちも、
たくさん流れて消えて行きます。だから、七夕の後は星が無くなるんですよ・・・。
あのバイトの時、祥太郎さんが言ってたっけ・・・。
もう既に七夕を過ぎて半月以上。空から星は消えてるんだ。
「お父さんたちは今大変なんですね」
「そうです。今年は美星子には期待できないって言ってたし・・・3人で必死にやってました
が・・・この数日ホントに大変でしたよ。でも・・・雨宮の両親はそんなこと知らない。
まさか・・・ホントのことは言えませんからね。
向こうが仕事の都合でこの日にしてくれと言われれば・・・断れなくって。
で、仕方なく僕だけ式に出ることになったんです。まさか機械を止めるわけには
いきませんからね」
機械を止めることはできない、そりゃそうだろう。
日本全国・・・ひいては世界全体に関わってくることだ。
「だから・・・正直、優希子さんが手伝ってくれると言ってくれて嬉しかったし・・・
有難かったです」
この漆黒の夜空を星でまた一杯にする・・・・私が。私がやるんだ。
「ええ。そうです」
今度は心を読まれても嫌な気分にならなかった。
「・・・なのに・・その加藤と松山が邪魔しに来るんですね」
「そう。これは・・・ホントに世界レベルの仕事なんです。あいつらには分からないでしょう
けれど。一日も遅らせるわけにはいかないんです」
私は頷いた。
「僕たちの様な仕事をしている人が世界には何人かいます」
・・・え?祥太郎さんたちだけじゃないの?
「僕たち三人で・・・いや、美星子も入れても四人で全世界の星は無理ですよ。同じような
仕事をしている人が、そうですね、全世界で30人くらいいるのかな」
それでも30人。
「そうです。毎年必死ですよ、みんな。だからこっちも遅らせるわけにはいかないんです」
だろうな。出来ませんでした、ではすまない話しだ。でも・・・すごく大切な仕事だ。
「そうですね。折り姫と牽牛も僕たちがいなかったら天の川をはさんで会うこともでき
ませんし、沢山のご先祖様も戻れません」
「すごいお仕事ですよね・・・・」
もうそれしか言えない。
「そうですね・・・人には言えませんけど、この仕事を誇りに思ってるのは事実ですね」