「先生」

 

あ、杏子が立ち上がって手を挙げた。

 

「なんだ、新川」

 

「体育祭の実行委員会では次の時までに体育祭委員を3人選べって言われますよね。

 

そしたら私、体育祭委員になります」

 

緑久保は、気付いたと言うように腰を浮かし

 

「そうだったな」

 

と黒板に『体育祭委員』と付け加えた。

 

「体育祭委員は・・・・浅井たちが今日実行委員会に出ると、次回の実行委員会までに

 

各クラス体育祭委員を選出して置いてくれって言われるんだ・・・よし、じゃあ、体育祭

 

委員に新川。新川も11時で帰れる」

 

そう言うと、体育祭委員の下に『新川』と書いた。

 

「ああ、浅井たちは・・・・帰る時にそこの机に残りの教科書を並べてあるから一冊づつ

 

取って行ってくれ」

 

黒板横にある物置になりそうな机が二つ並んで置いてあり、その上に昨日の残りの

 

教科書が数冊づつ山になって置いてあった。

 

杏子、やるじゃん、今日は体育祭委員は決めないと思ったからあとで伝えようと思ったけど、

 

さすがに以心伝心だ・・・・あらかじめ決めちゃっておけば余計私たちの仕事も減るって

 

もんだ。

 

立っているから杏子の顔も見やすい。

 

思わず見ると、杏子もこっちを見てニヤッと笑った。

 

そうなると現金なもので

 

「じゃあ・・・私も体育祭委員・・・」

 

「俺は・・・・教科委員やりまあす」

 

次々に手が上がって決まっていく。緑久保はニコニコしながらその都度、『上原』『渡辺』と

 

加えて行った。

 

「いいぞ~俺はこう言うなんでも積極的なクラスを目指してるんだ」

 

なんだかちょっと違う気もしたが、緑久保は嬉しそうにチョークを動かし、あっという間に

 

委員は決まってしまった。

 

まあ、これもタイミングと言うもので、結局名乗りを上げずに委員を免れた者も居る。

 

だけど・・・・・大学生になったらこんな委員決めなんてもう無いのだ。

 

そうすると今回を入れてあと2回。

 

一度は高校のうちにやったっていいだろう。菜桜はノートに各委員の名前を書いて行った。

 

これで・・・・体育祭の委員会の時は三人一緒に出られるね。

 

「それじゃ・・・・各委員も決まったことだし・・・・時間あるから教科書は配って行こう」

 

緑久保は山になってる教科書を取り、各列の先頭に置いて行った。

後ろに順々に回して行ってくれ・・・・もし後ろで足りないのが居たら言ってくれ」

 

隣のクラスでは大きな声で「じゃんけん~ぽい!」と言う声が聞こえてきた。

 

どうやらじゃんけんで委員を選ぶらしい。

 

私たちは教科書も配り、緑久保の「じゃ、解散」の声に一斉に椅子をガタガタ言わせて

 

立ち上がった。

 

「明日から授業があるからな」の追加の声に「うえ~」って声が上がったけど、それでも

 

今日は終わりだ。みんな足取り軽く教室を出て行った。

 

隣からは二回目の「じゃんけ~ん・・・・・」の声が聞こえてくる。

 

教室に残ったのは実行委員会の顔合わせに出る菜桜と孝宏、それから杏子だけだった。

 

「うまいこといったね」

 

私が言うと孝宏が

 

「ま、誰かがやらなきゃいけなかったんだからな、でも杏子の機転はすごかったぜ」

 

と笑った。

 

「だって・・・・あの次元の菜桜がいつ見つかるかわからないでしょう?今日、実行委員会で

 

体育祭委員を決めてくれって言われて明日決めるじゃない?来週早々に一回目の

 

委員会よ。一緒に出られた方が一緒に行動できるわ」

 

「そうだな」

 

早くあの二人を元の自分たちの次元に返してあげたい。でも私たちの力だけでは

 

どうにもならないのだ。

 

例え向こうの世界の菜桜が見つかったとしても・・・二人を元の次元に返すまでは

 

どのくらいの時間がかかるかわからない。

 

「私、尚人さんにLINEしておくね、で、委員会終るまで教室で待ってるわ」

 

杏子はそう言うと新しく決まった自分の椅子に座って、携帯を取り出した。

 

「ああ、じゃあ、頼む。終わり次第すぐここに戻るから・・・・杏子が居るんだったら安心だ、

 

教科書は置いて・・・・・じゃ、菜桜、行くぞ」

 

うん、私は孝宏の肩につかまってそろそろと歩きだした。委員会のある教室は代々

 

1年生の教室と決まっている。

 

3年生の教室だと1年生が来るのに気後れするだろうと言う配慮だ。

 

ということは・・・・1階。

 

「いいよ、私、少ししたら荷物運んで1階で待つから。菜桜、その足だし・・・・また2階に

 

来ることないでしょ」

 

教室から杏子が顔を出して言う。

 

孝宏は片手をあげて合図すると、私を連れて1年生の教室に向かった。

 

「菜桜を・・・・早く見つけないとな」

 

孝宏がボソッと言った。

 

「え?」

 

「おまえのことじゃない、向こうの菜桜だよ。可哀想に・・・僕たちは翌日にすぐ会えたし

 

・・・・兄さんや杏子ともすぐ会えたけど・・・・あの孝宏の話じゃあ、4日って言った

 

だろう?かなり心細いと思うんだ」

 

うん・・。と私は小さな声で返事をした。病弱で弱そうだという向こうの菜桜。

 

いきなりこんなわけのわからない場所に来ちゃって・・・・・体は大丈夫かしら・・・・

 

孝宏がどこにいるだろうって思って探しているんじゃないかな。かなり心細いだろ・・・・・

 

「あっ!」

 

私が思わず大きな声をあげたので孝宏は立ち止まった。

 

「おまえなあ、耳元で叫ぶなよ」

 

「ごめん」

 

「で、どうしたって言うんだよ、忘れ物か?」

 

ふと、今沸き上がった気持ち。私は階段を慎重に降りながら、孝宏に話した。