「・・・おあよ・・・」

 

大あくびしながらキッチンに出てきた私を見てママが

 

「全くなんですか。女の子が・・・」

 

って、いやあな顔をしたけど、そんなこと知るもんかい。

 

「だって、眠れなかったんだもん」

 

私は椅子を引くとどさっと座って

 

「全く孝宏のせいよね・・・・」

 

と、ふと顔を挙げて

 

「ね、帰ってきたのかな」

 

ママは、ご飯をよそいながら

 

「さあ・・・、まだ連絡はないけどね。・・・一体どこ行っちゃったって言うのかしらね・・・。

 

神隠しでもあるまいし」

 

私はふっと笑った。

 

ママのこういうところが好きだ。

 

大人になっても神隠し、なんて言葉をすっと使っちゃうところ。

 

普通大人だったらこんなこと言わないよね。それをさらっと言っちゃうところ。

 

ママの気持ちは多分高校生くらい若いと思う。

 

私はお味噌汁を飲みながら、

 

「お隣に聞いてみようか。だって・・・もし・・・だったら私、緑久保に言わなくちゃいけないんでしょ?」

 

そう言うと

 

「なんです、先生を呼び付けにして」

 

こういうところは大人だよな・・・。

 

「だって・・・」

 

緑久保というのは私と孝宏の担任の先生だ。

 

結構背が高くて、横幅もがっしりしてる緑久保は・・いや、緑久保先生は、音楽の先生だと言うから

 

ちょっと笑っちゃう。

 

身体が大きい分、声も大きくて、「はい!そこはもっとフォルテシモ!」って言うのが口癖。

 

だからホームルームなんかで発言の声が小さい生徒にも「もっとフォルテシモで!」と音楽用語で言う。

 

「そうね・・・。聞いてみないとね」

 

ママもパパの分のお味噌汁をよそおうとしてやめて、お椀を置くと

 

「ちょっと。パパが起きて来たら、よそってあげてね」

 

そういって、電話の方に歩いて行く。

 

受話器を取り上げると、もう目をつぶってても分かるお隣の番号を押している。

 

お互いに携帯は持っているのに何となく、お隣にかける時は固定電話を使ってるのだ。

 

お隣からかかってくる時もそうだった。

 

呼び出し音が鳴ってるのか、しばしママが無言になって

 

「・・・あ、もしもし?誠子さん?・・・うん、私・・・おはよ・・・で・・」

 

・・・うんうん・・・頷く声しか聞こえない。

 

なんて言ってるんだろう、おばさん。

 

孝宏いたんだろうか。私はご飯を口に入れながらまたも耳はダンボになって居た。

 

しばらくしてママは受話器を置くと

 

「・・・帰ってないって」

 

ただ一言、そう言ってため息をついた。

 

ママにとっても孝宏は自分の息子みたいな存在だ。まして私は一人っ子だったからママは私も

 

孝宏も双子のように育ててきた。

 

生まれてからは、毎日のようにお互いの家でおしゃべりしながら子供たちを見てきた。

 

どっちかに用事のある時は普通に相手の子供を預かる。

 

孝宏のお母さんが尚人兄さんのPTA役員でよく家を空けてた時は、孝宏は当然のように

 

学校からまっすぐ私の家に帰って来た。

 

一緒におやつを食べて一緒に遊んで、宿題をやって・・・。

 

私もママが一時期頼まれてパートに出てた間は、孝宏の家に帰ってお世話して貰っていた。

 

そうやって育ってきたのだ。心配するのは当然だろう。

 

帰ってないのか・・・・。

 

「でね、ご主人が遅くに帰ってきて・・・・やっぱり様子を見ようって言ったらしいの。なんたって

 

そんな様子は見えなかったらしいし、万一家出にしても、お財布も何もかも置いてあるらしいのよ」

 

ママはダイニングに座って、ポットに入ってるお湯でお茶を淹れて私にくれた。

 

自分の湯のみにも注いだけど、その湯のみはテーブルに置いたままだった。

 

男の子だし・・・・もしかしたら何かあったんじゃないかって、おじさんは言ったらしい。けど、

 

何があると言うのか・・。一晩も家を空けるなんて。

 

とりあえず今日はおじさんも急きょ休みをとったらしいし、尚人兄さんも大学は休みらしい。

 

家にいるからと言って何もできないだろうが、それでもおばさんには心強いだろう。

 

そうだ・・・私たちも今日は先生の研修だかで3時間授業なんだ。

 

うん、帰ったらもう一度探してみよう・・・・ってどこを・・・?だけど。

 

私は急いでご飯をかきこむと、

 

「じゃあ、行ってくる。緑久保・・・・・・先生には、風邪ひいたみたいって言って置く。

 

おばさんにそう言っておいて。

 

どうせ、今日は自習ばっかりだから来ない人も多いみたいだしね」

 

ママが『なんて学校なの?』とぶつくさ言ったのは無視して、私は洗面所で髪の毛を梳かして、

 

鞄を持って

 

「行ってきます!」

 

家を出た。