白雪姫1
──あの眼。
ダリア王妃は、夫であるダグラス王が娘を見る時の眼差しに恐怖を覚え始めていた。
あの眼は、まるで、"女"を──"恋人"を見るような眼ではないか、と。
ダリア王妃とダグラス王は、国の政略結婚だった。
そこには様々な思惑が存在していたが、ただの政略結婚ではない証拠に、ダグラス王は妻となったダリア王妃を大切に扱ってくれていたし、何より愛情を注いでくれているのが感じられていたから、ダリア王妃は満足していた。
ダグラス王の国も、ダリア王妃の国も、二人の結婚に国民達は大いに喜んでいた。
二人の結婚生活はとても上手くいっていた──はずだった。
二人の間に、娘が生まれるまでは……。
「ダリア王妃…今日はどのようなご用件ですかな?」
突然訪ねて来たダリア王妃に、魔法使いは少し驚いた様子で用向きを尋ねた。
深夜の訪問を不快に思っていたとしても、それを器用に隠しているのか、魔法使いの表情からは嫌悪の感情は読み取れない。
「ええ、私…私、あなたにお話したいことがあって…」
あなたのほかに頼れる者はいないの、とダリア王妃は魔法使いの顔を伺いながら呟いた。
言外に、ダグラス王には秘密の訪問なのだと匂わせて。
「とにかく、中へ」
「有難う」
戸口に立っていた魔法使いは、少しだけ退き、ダリア王妃が入れるようにドアを開いた。
暗い道路が、ドアの形の分だけ白く切り取られる。
漏れ出る灯りに眩しげに目を細めて、ダリア王妃は室内へと足を踏み入れた。
魔法使いの自宅の中は、どこか虚ろな雰囲気が漂っていた。
不潔ではないが、生彩を欠いた空間。
古く、重苦しい感じのすり家具に、歳月を経た書物が放つ独特の匂いが辺りに満ちている。
無造作にテーブルに置かれている幾つも付箋が挟まれた本は、先ほどまで読んでいたものだろうか。
ソファに座ったダリア王妃の前にグラスを差し出しながらスネイプが静かに言った。
「偶然にも、王妃が来られる前に、王が訪ねて来ていました。私に相談したいことがある、と」
はっとして顔を上げたダリア王妃は、魔法使いの冷静な顔をじっと見つめた。
「王は、何と?」
「その前に王妃、貴方のお話を伺いましょう。その為にわざわざ訪ねて来られたのですからな」
自らもグラスを持って王妃の向かいに座ると、魔法使いは僅かに微笑んだ。
あからさまに値踏みするような目付きではなかったが、それでも、ダリア王妃には、この男が自分とダグラス王どちらの側につけば特になるか、慎重に二人を天秤にかけているのがわかった。
ダグラスばかりではない。狡猾さでは、この男も同じなのだと、ダリア王妃は唇を噛む。
「ええ、そうね……私、あなたにお願いしたいことがあるの──あの子のことで」
「…ほう」
ランプの光を受けて、一瞬、魔法使いの昏い瞳が赤く輝いたように見えた。
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ダリア王妃は、夫であるダグラス王が娘を見る時の眼差しに恐怖を覚え始めていた。
あの眼は、まるで、"女"を──"恋人"を見るような眼ではないか、と。
ダリア王妃とダグラス王は、国の政略結婚だった。
そこには様々な思惑が存在していたが、ただの政略結婚ではない証拠に、ダグラス王は妻となったダリア王妃を大切に扱ってくれていたし、何より愛情を注いでくれているのが感じられていたから、ダリア王妃は満足していた。
ダグラス王の国も、ダリア王妃の国も、二人の結婚に国民達は大いに喜んでいた。
二人の結婚生活はとても上手くいっていた──はずだった。
二人の間に、娘が生まれるまでは……。
「ダリア王妃…今日はどのようなご用件ですかな?」
突然訪ねて来たダリア王妃に、魔法使いは少し驚いた様子で用向きを尋ねた。
深夜の訪問を不快に思っていたとしても、それを器用に隠しているのか、魔法使いの表情からは嫌悪の感情は読み取れない。
「ええ、私…私、あなたにお話したいことがあって…」
あなたのほかに頼れる者はいないの、とダリア王妃は魔法使いの顔を伺いながら呟いた。
言外に、ダグラス王には秘密の訪問なのだと匂わせて。
「とにかく、中へ」
「有難う」
戸口に立っていた魔法使いは、少しだけ退き、ダリア王妃が入れるようにドアを開いた。
暗い道路が、ドアの形の分だけ白く切り取られる。
漏れ出る灯りに眩しげに目を細めて、ダリア王妃は室内へと足を踏み入れた。
魔法使いの自宅の中は、どこか虚ろな雰囲気が漂っていた。
不潔ではないが、生彩を欠いた空間。
古く、重苦しい感じのすり家具に、歳月を経た書物が放つ独特の匂いが辺りに満ちている。
無造作にテーブルに置かれている幾つも付箋が挟まれた本は、先ほどまで読んでいたものだろうか。
ソファに座ったダリア王妃の前にグラスを差し出しながらスネイプが静かに言った。
「偶然にも、王妃が来られる前に、王が訪ねて来ていました。私に相談したいことがある、と」
はっとして顔を上げたダリア王妃は、魔法使いの冷静な顔をじっと見つめた。
「王は、何と?」
「その前に王妃、貴方のお話を伺いましょう。その為にわざわざ訪ねて来られたのですからな」
自らもグラスを持って王妃の向かいに座ると、魔法使いは僅かに微笑んだ。
あからさまに値踏みするような目付きではなかったが、それでも、ダリア王妃には、この男が自分とダグラス王どちらの側につけば特になるか、慎重に二人を天秤にかけているのがわかった。
ダグラスばかりではない。狡猾さでは、この男も同じなのだと、ダリア王妃は唇を噛む。
「ええ、そうね……私、あなたにお願いしたいことがあるの──あの子のことで」
「…ほう」
ランプの光を受けて、一瞬、魔法使いの昏い瞳が赤く輝いたように見えた。
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