赤ずきん3 | Black Planet

赤ずきん3

 赤ずきんが持って来た花は、花瓶に入れて窓際に飾られた。
その横で揺れているのは、以前お見舞いに来た時に持って来た花だ。
あれはいつのことだったろうか?

 まだ花は枯れていないから…数日前?それとも一週間前?
何故か、よく思い出せない。

 赤ずきんは男と向かい合わせに椅子に座っていた。

「あの…お祖母ちゃんは…」

 ついたてのほうをチラチラ気にしながら男に問いかける。

 男は、ふっと笑んで瞳を細めた。

「その前に少しお話をしましょう。大事なお話です──良いですね?」

 優しいが有無を言わせぬ口調で言われて、しぶしぶ頷く。
男は優しげな声で続けた。

「前回…最後にお祖母さまをお見舞いに来た日のことを覚えていますか?」

「…いいえ…」

 少し迷ってから首を振る。
 祖母に花を持って来たことや、祖母の笑顔ははっきりと覚えているのに、その他のことは奇妙に記憶が曖昧なのだった。

 男は聞く前からわかっていたように頷く。

「お祖母さまは貴女の持って来た花を見て、大変喜ばれたそうですね」

「はい。お祖母ちゃんは紅い花が大好きだから」

 病人にはふさわしくないと母が止めるのも聞かずに、真っ赤な花を見舞いの品に選んだ。

──ああ、そうだ

 確か、森でこの男に摘まないよう止められたのもこの花ではなかったか。

「彼岸花…曼珠沙華とも言います」

 花に注がれた赤ずきんの視線を追って、男が静かに教える。

「ひがんばな…」

「そう。日本では彼岸の頃に咲くこの花を、不吉な花として忌み畏れられてきました。彼岸に戻って来た死者の為の花で、生者が不用意に摘むと黄泉の国へ連れて行かれてしまうという言い伝えもあります」

「そんな…」

 驚きに大きく見開かれた無垢な瞳を見て、男は優しく微笑んだ。

「知らなかったのですから仕方ありません。貴女はただ、お祖母さまを喜ばせようと思っただけなのですから…ね?」

 赤ずきんはうつむいた。

 急にドキドキと高鳴り始めた胸の辺りをぎゅうっと握りしめる。

 黄泉の国。
連れて行かれる。

 その言葉がぐるぐると頭の中で回っている。

 赤ずきんを見つめていた男は、すっと椅子から立ち上がった。

「──では、もう一度お聞きします。前回、お見舞いに来た時のことを覚えていますか?」

「わ…私……私……」

 いやだ、と思った。

 思い出したくない、と。

「お祖母ちゃんにお花をあげて…お祖母ちゃんは喜んでくれて…それで、それで……」

 男は、そんな赤ずきんの見ている前で、静かについたてを横へ動かした。

 隠されていたベッドが現れる。

 そこには、祖母の姿はなかった。

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