去年の春から何かとツイている。
これを怪我でフイにしないように、おとなしめの山ばかりやっていたが、これだけ運が向いてるんだから雪山だってヘーキな筈だ。
とかなんとか理由付けして、5年前の正月に敗退した塩見岳に再挑戦。


山頂は......


やっぱり遠かった。。。


まるで逃げ出したかのような書き出しだが、ちゃんと登ってきましたよ、塩見岳。

今回、時間的マージンは充分に余裕をとって計画にしたつもりだが、コトは計画通りに進まず、帳尻合わせ的登山になってもた。
まぁいいか、登れたんだし。文字にすれば『厳冬期の3000m峰』だぞ、聞こえはいいな。


29日
昼過ぎに家を出て、電車に飛び乗る。
ハナから車で行きゃぁ良さそうなもんだが、時間的余裕はあるし、帰りに正月渋滞に捕まるとイヤだとかなんとか言って電車に乗り込む。
ウチから飯田線の伊那大島駅まで5時間以上、なんだか目まいがしてきた。


電車を降りたら車利用で塩川小屋までバビューンと行く予定が、法面崩壊とかで林道が通行止め。出足から躓く。
登山者は別ルートに回れなどとウケ狙いの看板が所々に立ててある、全然、面白くねぇ。


今更そんなこと言わんでくれ、こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだ。
どの程度の崩壊か知らないが、キノコ、山菜採り、或は沢登りの高巻き等、道なき地形にルートを拓くのはお手の物だ。
20メートルと短いが、細引きも持ってきたし、何とかなる「ハズ」と、このルートに突っ込むことに。


そうはいってももう暗くなり、標高1300mあまりの塩川小屋まで進むのはあきらめて行動打ち切り。まぁいいか、日数に余裕あるし。


30日
明るくなってからごそごそ起きだす。
今日は標高2600mの三伏峠小屋まで行けばいいんだしぃ、と、だらだらと準備をする。
塩見岳への通過点上にある本谷山の稜線が木々越しの高みに望める。雪は薄そうだ、30~40㎝くらいか?
これならきついラッセルはないな、今回は楽勝だ、嬉しいような、雪山登山としては残念なような。。。馬鹿だね、素直に喜べ。


歩き始めてすぐ、2パーティ、軽装の5名とすれ違ったが、一様に暗い表情だった。
何があったんだぁ~?


重荷を背負って右下に小川を見ながら林道をえっちらおっちら歩くとやがて塩川小屋。「なんだ、ここまで車が入れるじゃんか、意地悪しやがって」
しばらく進むと大型トランクサイズや浴槽サイズの岩が堆積した崖崩れ地点を通過、見上げれば今にも別の岩が落ちてきそうだ。
実際、小粒の石があちこちでカラカラと乾いた音を立てて落ちている。おお~気味悪ィ。。。


更に行くと左斜面が地滑りを起こしたかのように崩れ、林道を遮るように土砂が堆積している、その幅20m。
土砂の急斜面上にはちょうど片方の靴の幅サイズで一条のトラバース路ができていて、手がかりにロープが張ってある。ところがロープ固定用の鉄杭が踏跡上に飛び出ていたりして、上手くかわさないとバランスを崩して転落しそうだ。
親切に整備したフリして実は根暗で陰湿なのではないかと疑ってみたり。。。。



  落石   土砂の堆積

           落石                 土砂の堆積


ガチガチに凍ってスケートリンク化した支流や氷瀑に冬を感じながら歩いていると、次第に乾いた沢床のような所を歩くようになる。やがて、渡渉。。。
川岸の岩は氷で覆われツルツル、濡れた岩はミズゴケでヌルヌル、なんじゃこりゃ。
。。。

こんなところで水没するとテンション下がりまくるんだよな。。。



  カチカチ   氷瀑

           ガチガチ                 氷瀑


幾度か流れに手を遮られ、渡渉を繰り返す。そのたびに上流見に行ったり、下に戻ったりで時間ばかり過ぎてゆく。
最後の渡渉は倒木にぶら下がるようにしてクリア、でかいザックが邪魔なこと。。。
下山時には別のルートにしよ。ロープ出して懸垂下降が必要かも。。。



  つるつるの岩   氷瀑2

        ツルツルの岩                氷瀑2


渡れそうなところを探し、あっちへ行ったりこっちに来たりと迷路のような渡渉が終わるとようやく尾根に取り付く、ってか、もう疲れたわい。
尾根に取り付いたが雪はあまりなく、雪山と呼ぶにはほど遠い。
これでも冬山か?でかいツララはともかく、時々顔を見せる申し訳程度の雪と茶色い枯葉だらけの登山道は晩秋みたいだ。



  つらら   落ち葉の道

          ツララ                 冬枯れの道


なんかペース上がってこないなぁ。。。


此処だけのハナシ、二週間前に栃木県、那須岳で強風に吹かれた翌朝、カップ麺を食べたらキモ悪くなった。
半日経っても回復しないもんだから口に手ぇ突っ込んでゲロ吐いてみた。
マシにはなったが、回復せず、その後2日間で口にしたものと言ったらみかん2個とご飯一口、あとは白湯のみ。
3時間ばかり何も食べないと餓死するんじゃねえかと心配し始めるこの自分がだぜ。


そりゃ、まぁいいが、胃腸の調子が云々なんてことに無縁の自分はゲロ初心者。
で、狙いが定まらず、不覚ににも自分の足に吐いちまったさ。
そのゲロを見て更にキモ悪くなるというゲロスパイラルに陥ったのだ。
あのダメージをまだ引きずってるのかしらん?


昔の人はエライよね。「旅先でのゲロは吐いて、吐き捨て」とかいう格言を残して。
おかげで良心の呵責なく掃除しないで逃げてきた。みなさんごめんなさい。


しっかし、進めども進めども体のエンジンがかからない。
今日は気持ち悪くないぞ。。。
今年はちゃんとジョギングしてたのに。。。
この15年間で一番速く、長く走れるんだぞ。。。


このパワー不足、チト、体重減らし過ぎたか?
下山したらステーキとスパゲティとバナナクレープを間髪入れずに喰ってやろう。
コーヒー飲んで、それからえーと、えーと、ビールも呑んじゃぇ。締めは甘いものがいいな。。。


標高1700mまで上がっても雪があったりなかったりでまだ春山みたい、1900mを超すとさすがに一面の雪になって冬山っぽい。
これで秋、冬、春の登山を一度にエンジョイとお得だ。


ルートは東西に延びる尾根の北側斜面につけられているので午後2時でも陽が当たらず時間の割に寒いし、夕方の様相。
日陰ばかりでジメジメした陰気くさい地表とは対照的に上空は昨日も今日も雲一つない。そして夕焼け。登頂するまで天気は持つのだろうか。


暗くなるまで頑張って歩いてみたが、高度は稼げず、腹は減るしでイヤになり、2000mを超えたところで小さな平坦地を見つけ、無理やり幕営。
進捗よろしくなく、余裕登山に暗雲が。。。


晩飯はカジキのイタリアンソテー、これ旨い、最近のお気に入り。


31日
まだ暗いうちに目が覚める。一応冬山らしくテント内側が多少凍っている。
多少凍っているだけなのに体が慣れていないのか、寒い。


今日は三伏峠まで登ってから、三伏山、本谷山越えをして塩見小屋直下の森林限界付近まで行きたい。
昨日までのペースを考えるとぐずぐずしている暇はないのだが、「どうせラッセルないしぃ~」と、動かない言い訳には事欠かない。
単に寒いだけなんだけどね。


9時にようやく撤収して歩き始める。


1時間も登ると重装備の単独行者に追い抜かれる。
「オマエ、顔色悪いな。朝からカップ麺喰ったのか?冬靴は高価なんだから足にゲロなんか吐くんじゃねぇぞ」
見ず知らずのカップ麺野郎ではあるが、単独行者を見ると思わず心の中で応援してしまう。


塩川小屋から三伏峠までを10分割して、『只今 7/10』 みたいな看板があるが、自分の距離感とはバラつきがあり過ぎ、どうもウソ臭く、信用ならない。


標高2400mを過ぎると地面の雪は真っ白になってきた。ここまであがってようやく真冬の高峰チックだ。
昨日から全く下ることなく登り続け、ウンザリを通り越してもう、このまま永遠に上り続けなきゃいけないんじゃないかと錯覚し始めると、
三伏峠小屋まであと200歩の看板。


歩きながら数えてみたら230歩。こんなところで短足を指摘するなんて。。。
雪山は厳しく、非情だ。。。



  三伏峠小屋   小屋からの塩見岳

          三伏峠小屋            小屋からの塩見岳


三伏峠小屋の冬季小屋を覗くと中にデカいテントが張ってあり、休憩のスペースもない。

こういう人達、居るよね。まぁいいんだけどさ。。。。
小屋の前にはテントが2張、それと例のカップ麺野郎が顔色悪いままテント立てる準備をしている。
まだ昼過ぎだぜ?!もう行動終了なのか、羨ましい。


小屋を背に暫く登ると森林限界を抜け三伏山到着。今回初めて名の付いたピーク。塩見岳はもとより西には中央アルプスの山々、北に仙丈ヶ岳と白根三山、南方には荒川三山も見え、中々の景色。
ココを最終目的地にしている人達がいるのもうなずける。
冬の晴天は霞がかからず、遠くの山々もきれいに見える。
しっかし、雪が少ないのう。5年前は1m以上積もって木々は完全に雪の下だったが、今年はどう見ても50㎝以下で低木が雪面からにょきにょき出ている。



  仙丈ケ岳   荒川三山

          仙丈ヶ岳               荒川三山


三伏山を越すと下る。下りは速いぞ、下る、下る、林の中をドンドン下る。ええ~っ?まだまだ下る。
本谷山へは下った以上の登り返しがあるのに、いつまでも下りは終わらず、ヤキモキ。早く登りになっとくれ~!と、ココロの叫びが。。。


最低鞍部まで下ると登り返しに入る。苦行ですな。もう諦めて鈍牛ペースでノロノロ登る。
やっとピークにたどり着いたかと思えばまた下り、次の小ピークが姿を現し、肝心の本谷山ピークはどこへ行っちゃったんだか。。。
ザックのベルトが肩に食い込む。冬は金物が多く、ただでさえ重たいのに、雪水作りが嫌いな自分は余計な水を担いでいるから尚更だ。


三時過ぎにやっと本谷山を超す。塩見小屋手前まで進もうなどという勢いはもうなく、幕営地を探しながら歩く。


本谷山から150mばかり高度を下げたところで幕営。
コーヒー飲んで一息つくともう暗くなり始める。
今日は岳食の餅入りうどん。餅を焼くついでにパンを炙って食べたらこれがウマイこと!調子に乗って予定の2倍食べちゃったよ。
食糧計画も何もあったもんじゃない。


テントのファスナーを開けて顔を上げるとまるで空に砂をまき散らしたかのごとく、大小無数の星が目に入る。
一時間も見てりゃ流れ星が見えるかも。。。
寒くてそんなに待っちゃいられないや。
赤く点滅してるアレは流れ星ならぬ流れ飛行機か?


雲一つない空から粉のような雪がチラリ、チラリと落ちてきて何とも不思議。


3秒後、就寝。


1日
4時半に起きだし、5時半には頂上目指してテントを出る。テント内側は凍ってバリバリ。暗闇の中ヘッドランプ頼りに歩き出す自分に酔う。
真冬、未明の行動ってなんかこう、ちゃんとした登山者みたいでしょ?


漆黒の中、ヘッドランプに照らされた霧氷がきらきらと七色に光る。こんなの久しぶりに見たなぁ。
確か阿弥陀岳(八ヶ岳)の北稜を単独でやった帰り、帰幕する途中で見たんだっけ。。



  しゅっぱーつ   闇の中

         しゅっぱーつ!              闇の中


暫く下るとだだっ広く傾斜のない地形となるがトレースは明瞭なので地図も出さず、盲目的にこれをたどる。
五右衛門岳方面への分岐を分けるとやがて登りとなり、休憩している2人パーティーを横目に先行する。
少しづつ明るくなってきた。相変わらず天気は良いものの、上空では風の巻く音がゴーゴー。


再び尾根上の登りになり、1時間頑張ると森林限界突破。すぐに塩見小屋。
あたりはすっかり明るくなったが、太陽は未だ塩見岳上部に遮られ、相も変わらず日陰の人生、じゃなかった日陰の登山だ。
どこまでも辛気くさいルートだな。


     
  塩見小屋  岩峰

          塩見小屋                 岩峰


小屋の先は吹きっさらしで、足跡はおろか、トレースの痕跡もない。
ああ、良かった。やっと冬の高峰っぽくなった。
こんな山奥まで来たのに他人の足跡辿るだけなんてクソ面白くもなんともないからな。
視界が良いので、ルートは一目瞭然。目の前に突き立つ西峰とおぼしき岩峰上部では青空をバックに雪煙が舞っている。


  やっとトレースなし   蝙蝠岳
         トレースなし              蝙蝠岳、かな?


体は高度に慣れて、呼吸は比較的楽だ。
冷たい空気は乾燥しており、のどが渇く。岩峰を上部まで登ると更にでかい岩峰が視界に。なんだ、西峰はまだ先か。
何でもいいけど顔が冷たい。


次第に神経質なルートとなってくる。急斜面をトラバース気味に登っていくのだが、不安定な雪の下に岩があるのかスノーブリッジなのか体重かけるまで判らず、油断がならない。
ここで踏み抜いたら数百メートル転落してしまう。正規ルートを外れちまったのか?とにかく頂上を目指そう。せめて頂上を極めてから転落しなくっちゃね。。
一歩ごと、慎重に進みたいが、不安定な足場で風の不意打ちを食らうと奈落の底へ叩き落されてしまうので悠長なことはしてられない。


『こんなトコ、もう来ません!見捨てないでぇ、神様~!』
幾度となく反故にしてきた約束と祈りを捧げる。


ヤバそうなトラバースを終え、安定した雪面に出た。風を警戒して両膝をつくと気休めにピッケルを雪に深く突き刺し、自己確保してからビスケットを食べる。
下りもさっきのを通るのか、イヤだな。。。


また登り始めると、雪壁に突き当たり、ピッケルをダガーポジションに持ち替えて登高を続ける。
岩に突き当たる度に此処を乗越せばもう頂上!と、3,4度思ったが、まだ先が見える。クッソ、早く危険から解放されたい。。。
『焦るな、ゆっくり、確実にだ』自分に言い聞かせる。


ゲゲゲッ!行き詰った。岩場を前にルート選定に迷う。右は傾斜が強い岩、左は傾斜は緩いが岩混りでガチガチに凍ったミニルンゼ。
強風を考えると滑りやすい斜面に2本脚で立つ方がリスクが大きいと判断し、右の岩に取り付く。
難しい岩場ではない、だが、手がかりが崩れたり、アイゼンが岩から外れたら即、転落だ、生きては帰れない。
登りきるのに要したのは、ほんの2,3分だが、緊張感から息が上がる。


あ~怖かった、とさらに登るとやっとこさ頂上(西峰)。東峰の方が高いんだよねぇ~、あっちの写真も撮らなくちゃ。。。。
東峰にも先行者の足跡なし。よって、今年一番乗り! ちょいと気分がいいね、何の価値もないけど。


   西峰   東峰
            西峰                   東峰


テントから山頂が見えるのだからと、自分のテントを探してみたが、見えないものだ。
ピークを後に下り始めると後続の数パーティ、およそ10名とすれ違う。


心配した下りだったが、みんなが自分のトレースを踏襲してくれたおかげで路は踏み固められてるし、風も弱まり、何の不安もない。
登りのルートファインディングは楽しませてもらったし、下りは安全で楽ちんと良いとこ取り。みなさんありがとね。
もしや、これも幸運の女神の思し召しか?女神サマァ~💙


  まだ雪煙舞ってる!   富士山も見える
       雪煙舞ってます                富士山


安全地帯までもどると気持ちに余裕が出て、『ウ~ム、登るには登ったが、この雪の量は厳冬期の3000m峰の真の姿ではないな』などと知った風な事を思う。
さっきまでビビッてたくせに。。。
もう一度ピークを拝もうと右肩越しに来た路を振り返ると。。。


だっ、誰だオマエ?!
真黒のキャッツアイをかけたオバハンが一人、無表情で口を半開きにし、ヌボーっと立ち尽くしている。。。
遭難者の霊か?いや、足がある。これだけ気配を消せるんだから、忍者か?
どうやら、疲労困憊しているようだ。


オバハンと揃いのサングラスをかけた、ダンナと思しきオッチャンが追いつくと、オバハン、雪の上にドサッと座り込み、おもむろにスティック状のパンを食べ始める。
オッチャンもやはり無表情、無言で遠くの空の一点に顔を向け、ザックを背負ったまま身じろぎもせず、その場に立ち尽くしている。
この二人、目を合わせることもなく、言葉を交わすでもなく、不思議というか、なんかコワイ。


陰気臭いルート登って陰気な二人になっちまった????
もしや宇宙人?。。。
そうか!オッチャンは宇宙船と交信してたのか!


正月から宇宙人に遭遇とは幸先いいな。今年も未知なる冒険が楽しめそうじゃぁねぇか。。。