火山で大きな被害が出た。自然の力はいつだって凄まじい。いつ何が起きるか予測不能。
山で事故が起きるたび「命がけで護りたい相手以外は誘っちゃいかんよなぁ~」と壁に向かい一人、ビールを飲む。
グデグデ過ごしてる間に冬になってもた。
なんちゃって的登山でお茶を濁しているうちに年末が迫っている。正に光陰矢のごとし。
ここ数日は強い冬型の日が続いているので、山は雪。ちょっと上がれば多分積もってる。雪山が呼んでいる。行きたいような、そうでもないような。
ボロくなったアイゼンを新調したらウチで『まだ行くのっ?』と呆れ顔。
『ええ行きますよ、行きますとも、もちろんですよ』当然のように言い放ってみるも……
「寒いのキライ、凍傷ヤダ、雪崩コワイ…」雪山エンスーを装うのは肩が凝る。。。
日々のルーチンをこなしていくうちまたぞろ厭世気分が増し、俗界を離れてふらふらしたくなってきた。
できれば八ヶ岳以外がいいな。登山ブームで営業小屋のある西面はネズミより人間の方が多い。
去年登ったときはルート上に人間がぞろぞろぞろぞろまるで地下鉄の乗換えみたいだったぞ。
1本のロープに7、8人連なり電車ゴッコしてる連中がいたりして。。。あんなのの巻き添え喰ったらたまらん。
試運転ついでに靴とアイゼンの相性も確認したいから技術的に困難でなく、人が少ない、つまり小屋が営業してない山にしようと考えた挙句、金峰山へ向かう事にする。
例年ならともかく今年はもう多少積もってるはずだ。雪が少なくて簡単に登れちゃうと面白くねぇなぁ。
増富温泉のさらに奥、瑞牆山荘まで入り、頑張って歩けば初日に国師ヶ岳まで届くかも。だったら甲武信岳まで縦走できるぞ。んならバス、電車で行くべぇ。
逆にめっちゃ悪天で難儀したらあきらめて雪上キャンプも悪くない。
週末の天気予報は風速30mとお約束の大荒れ、それがホントならトレースは無い。いきなりワカンの出番か?ロープはいらねぇな。山中誰にも会わなきゃ仙人気分じゃ。
12月20日
5時過ぎに家を出発、9時15分をいくらか過ぎて韮崎到着。バスは20分発だがまだ来ていない。「トイレでも行っとくか」
20分ギリギリにバス停に戻ったがバスは来てない。3分待つ。「おろ、遅れてんのか?」道はガラガラ、遅れるはずは無い。さらに3分待つ。
「おかしいなぁ、ネットには運行期間は4月末~11月末って書いてあった
しぃ…。」
あれっ?今、12月じゃん!待ってても来るわけない~。
出鼻をくじかれ、しばし呆然。タクシーで瑞牆山荘なら往復2万5千円を超す、アホらし、却下。
山は諦めるとしてもこのまま帰るのは癪だから観光でもして帰るかと駅前の観光マップを眺める。惹かれるものがない。雪上キャンプするにせよ車で来ていないので機動力がまるでなく、脱力感に襲われ、へにゃへにゃに。
昨夜、「風速30mが怖くて冬山に登れるかぁ~っ」とイキがったのを後悔する。
こういうアクシデント(単なるアホだが)に見舞われた時、連れがいると現世の不幸を全て背負い込んだような気分になるが、一人なら「トラベル イズ トラブル」などと楽しめてしまう。尤も一人だからこそテキトーな計画で気楽に来れてしまうんだが。
どこでどう遊ぶか思案していると、季節運行のとは別の会社による市民バスなるものがやってくる。ちょいと離れたバス停に止まったそれは、なんと増富温泉行き。同じ路線を異なる会社が運行するとは、航空会社みたいでややこしいことこの上ない。
あたふた飛び乗ると客は自分だけ。とにもかくにも温泉入って猪鍋は確保できたぞ、鹿刺はいくらぐらいかな?
バスに乗るとホッとしたのか未練がましく山へ登れないか考え始める。往生際は悪い方だ。増富温泉から瑞牆山荘前の登山口まで歩いて2時間20分。そこから冬季開放の大日小屋までさらに2時間の行程。適当にテント張って明日金峰山ピストンなら、増富まで戻る時間を入れても夏なら7時間行程だ。途中モタついても最終バスに十分間に合う。ありきたりな山行だけど登らず帰るよりはずっとマシだ。
10時45分
増富温泉に着くと靴紐締め直すのももどかしく歩き出す。バスがすれ違えるほど広く、ところどころ凍結した舗装路は車両通行止めとなっているのでたった一人の歩行者天国。道はまだらに雪の付いた渓谷沿いをゆるゆると曲がる申し訳程度の登り坂。
明るい谷に流れる澄んだ水。薄茶色の枯れ葉が敷き詰められた川岸の向こうに氷結した小滝もあったり、歩いていて飽きない。車でバビュ~ンと通り過ぎでしまうには勿体無い景色だ。人っ子一人いないのをいいことに舗装路の真ん中で大の字に寝転んでみたら楽しくて顔がにへにへしてしまった。季節運休バス万歳!
30分も歩いただろうか、さっきまで青空をみせていた天は真っ白に変わり、白いものがチラチラ落ちてくる。時折大きくなったり、小粒のアラレになったり。上空を走る風の音も聞こえる。
こういうアイテムが冬山気分を盛り上げるのだ。
13時15分、2時間半掛けて標高1510mの地点に建つ瑞牆山荘着。汗かきを警戒し、ややスローペース。
ここから20cmくらい雪の積もった登山道に入る。よしよし、上部は結構積もっていそうだ、ちゃんとした雪山が歩けるぞ。
スパッツ装着、白い地面と冬枯れの黒い幹が織りなすモノトーンの中、ゆるい登りを歩き始める。
ここを登ったのは20年前の正月、初めての金峰山だった。あんときゃジャージとウィンドブレーカー&布製軽登山靴。冬山を全く知らなかったからだが、相手を知らずに突っ込むのは客観的に見たら風車に突撃するドンキホーテと同じ。無事に帰ってこられたのはただの運。
今日は冬山フル装備。偉くなったもんだ、誰か褒めてくれ。
14時半に冬季閉鎖中の富士見山荘前を通過。この辺まで来ると雪面に12本アイゼンの爪跡がちらほら。このゆるい斜面でアイゼンとはちょっと気が早くないかい?
山荘を越すと徐々に風が出始める。真っ白だった空がいつしか濃い灰色に。ゲーッ、テント張るまでは荒れてほしく無いんですけど。
すれ違った下山者は3組で計7名。この天気で登る自分を怪訝そうに見る。登っている者はいないようだ。
なだらかな登山道を辿って高度を上げるに従い、風雪も強まる。樹林帯を歩いているので体に当たる風はそうでも無いがやっぱり寒い。木々の上ではゴーゴーとすごい音。風速30メートル近いかも。「明日、稜線上でアレにやられるとつらいなぁ~」
15時45分、大日小屋(2040m)にたどり着く。吹雪いているせいか、時間の割に大分暗い。今日はこの辺まで。
小屋から先にトレースは無い。。。まだ樹林帯だし、僅か数時間で完全にトレースが消えるわけ無いんだから、今日すれ違った人たちは敗退したのか。だか
ら皆むっつりしてたんだ。ただのスケベかと思っていた、スマン。
明朝、暗い中で困らないように道筋をつけておこうと思い、適当に突っ込むと狙い通り赤布発見。よしよし、もう少し地形がはっきりするまでラッセルしておこう。
しばらく膝下から膝上くらいの雪を掻き分けてトレースを刻んでいると、嫌になってきたので小屋まで戻る。
あたりに幕営出来そうな場所も無かったので小屋に入る。驚いた事に自分と同年代の5人グループが中でテントを張るという暴挙に出てくつろいでいる。
こんな日に山登りとは変人め。。。。
他グループがいると何かと気を使う。無人と信じて疑わなかったから結構ショック。
こんな事でくじけちゃいられない。目には目を、だ。こちらもテントを張る。必殺暴挙返し。
焼き肉を始めるとジュージューという音がいつも以上にやかましく感じられる。
雪水を作らなきゃならないが、ガサゴソ音を立てると迷惑がかかる。ただでさえ雪水つくりは面倒なのに、余計やりたくない。
手持ちの水は1.1リットル。今日の登りで消費したのが200ccだから何とか足りるだろうと雪水作りはパス。
21時、なんと雨が降り出した。冗談だろ?明日も降ってたらどうしよう。雨に打たれて濡れたあと冷え込み、風雪に叩かれるのはたまらんっ!
そう言えば著名な山岳ガイドが「夏の雪と冬の雨は絶対停滞」とか言ってたなぁ。
でも冬のアレは雪崩を警戒しての発言のハズ。このルートなら雪崩は無さそうだしぃ。。。。
4時15分。目が覚める。外に出るとどれがオリオン座なのか分からないくらい星がたくさん輝いている。空気は乾燥してパリンパリンだ。これなら登頂確実。
初戦敗退は避けたかったのでホッとした。雨が降ったにもかかわらず、積雪量はほとんど変わっていない。
こりゃ、ボロガッパはかなきゃ、だな。
ここから高度2400m位までは間違いなくラッセル。体力勝負なので宿泊道具は小屋に置き、ラクして登ろうかと逡巡したが、全量担ぐという自分のスタイルで行く事にした。当初の縦走プランだったら全部かつぐ必要があったんだし。
5時20分、例のグループに軽く挨拶をし、漆黒の闇へと足を踏み入れる。しばらくは昨日自分でつけたトレースがある。
トレースがなくなると時々地図を見ながら稜線を大きくはずさない作戦でトラバース気味に登る。いい加減な作戦が災いし、平坦地に出るととたんに進路に窮する。ヘッドランプで雪の積もった林の向こうを覗き込めば、どっちを向いてもルートのような、そうでない様な。
当然、磁石の出番だが、出すのがめんどくさい。切り札のヤマ勘頼りへと作戦変更。こんなこと繰り返してるとそのうち痛い目見るかも。
今日は大丈夫。どっちに行こうが自分の足跡しかないんだからルートミスしても間違いなく元の場所に戻って来れるぜ。
ついでに車にGPSをつけないのはこういうヤマ勘を失わないためなのさっ、とうそぶいておけばビンボーがバレないで済む。
6時半、カチンコチンに凍った大日岩を通過。マップタイムの倍の時間を喰っている。ルート探りながら暗闇のラッセルしてんだから、こんなもんか。
徐々に明るくなり、遠くを見通し易くなってきた。ゆるい傾斜のためか歩いても歩いても高度が稼げず、気分が滅入る。膝下とはいえ、普段より足を高く上げ続ける湿雪のラッセルは辛い。まだ2200m。水節約のため、枝に載った雪を口に入れながら進む。
時々、吹き溜まりに突っ込み、もがく、ルートが判然としないところが幾度かあり、精神的、肉体的に消耗する。雪が深くなってくると息切れし、長時間連続して進めなくなった。
「なんだこれ、ちゃんとジョギング続けていたのに呼吸が苦しい。ここまで心肺がついてこないと今後がシンパイだ」
誰かに聞かれたらバカにされそうなギャグを思いつくぐらいだから、まだ精神的余裕はあるはずだ。
積雪が腿から股下くらいになるとあまりのきつさにワカンを付けるべきか悩み始める。
樹林帯を抜ければ昨日の風で雪は吹き飛ばされてるだろう。着脱がメンドクセー。もうちょっとだ、気合いだっ!
そのもうちょっとがなかなかやってこない。なんだかモナカ雪みたいになってきて、スノーブリッジをバシバシ踏み抜く。やってられない、もう駄目だ。ついにワカン出動か~。
やっぱり面倒。
踏み抜きを防いでラクしようと思い、体重分散のために四つん這いになって進むというすばらしいアイディアを思いついた。
が、効率悪い上、余計疲れる。四足なんて全然駄目じゃん。
来世で犬になるのはやめましょう。
気がつくと小屋を出て2時間、時間ばかり経過し、いつまでたっても樹林帯。とんでもねぇルートだ。
積雪表面から4cmくらいのところに弱層があるが、緩傾斜の為、雪崩の心配は無い。いいルートだ。
人間は自分の都合で対象の評価が180度変わる生き物だと実感。
雪山は空気中の水分が少なく、乾燥する。荒い呼吸にのどが渇くが、手持ちが少ないのでちょっとしか飲めない。水不足は堪える。
8時45分
待望の森林限界を抜ける。ぱっと明るく視界が開け、冬のカキーンとした空気に雲ひとつなく青い空。風もなく昨日の天気がうそのよう。
うっしゃーっ!と雄たけびを上げてみた後、行く手を見るとまだラッセルは続きそうだ。うへぇ~
ここまで小屋から3時間半、マップタイムの倍だ。山頂まで1時間の標識。昨夜の風雨で雪面はクラストしてるんじゃないかと淡い期待を胸に一歩踏み出すとまたズボッ!
「ウッソー! 樹林帯を過ぎれば後はチョチョイのチョイだと思ってたのに。まだラッセルか~」
結構がっくし。
ここまで掛かった時間とこれからかかるであろう時間、最終バスの時刻を思い、時間切れ敗退が現実味を帯びる。どよ~ん
タイムリミットは10時?この先もこんな調子なら登頂できないかも。エーン(泣)
行けるところまで行ってやれとラッセルを続ける。立ち木が無くなったので、南アルプス、八ヶ岳、富士山と景色は良い。
ルートは一旦高度を落とし、岩の重なるピークを越え、岩峰を通って山頂へ至るようだ。しばらく行くと五丈岩が見え出す。
すぐそこに見えているのになかなか近づかない。頭の中は「バス、ばす、BUS」こればっかし。
タイムリミットさえなければどうって事ない距離なのに精神的に追い詰められている。
バスが、バスが、バスがぁ~!
10時
タイムリミットだがここまで山頂に肉薄して敗退できるか!帰りのタクシー代がなんだっ!払ってやるぜ、持ってけドロボー!
もうヤケクソ。
山頂手前の岩峰まで来るとどんなルートを取るべきか岩峰上部を右往左往し行き詰る。こりゃ巻かなきゃ駄目だと下を見ると昨日の5人衆が当然のように基部を巻いて行く。どうやら夏道を知っているようだ。後続パーティーが来てるなんて全然知らんかったぞ。偶然、山頂直前で追いつかれたのだろうか?
それともいわゆるラッセル泥棒ってヤツか?
山岳誌には他人のトレース頼ってラッセル泥棒する奴は雪山へ入る資格がない等と書いてあるケド、人のトレース辿って満足できるひとには気持ちよくトレース使わせてやればいいじゃねぇか、ケチ臭いこと言うなよ。山の専門家はな~に考えてんだか。
自力で山頂を目指したいタイプと楽して山頂に立ちたいタイプ。前者は過程を重要視し、後者は結果を求めている。似て非なるものを求める人間が同じフィールドで遊んでいるだけさ。価値観は違うが所詮どっちも道楽登山。それぞれの自己満足を達成すればいい。
ルートに戻ると彼等のトレースに入る。足跡を辿るだけだとこうも楽チンになるのかと感動すら覚えた。
当然あっという間に先行パーティーに追いつく。頂上付近は風が強かったと見え雪が少ない。ラッセルの必要もなくなり、景色を見ながらちんたら歩いて、10時20分、登頂。ぅわーい!
ラッセルきつかった。たかがキンプ、されどキンプ。豪雪地帯でもないのに標識に着いたエビの尻尾がスンゲー長い。
登頂写真を撮れば用はない。
まだ間に合う。ここからの頑張りでタクシー代を節約できるかどうかが決まる。普段缶コーヒー代ケチって節約してる金をタクシーなんぞに使ってなるものか。
飛ぶように斜面を駆け降りた、かったが登りの疲れとノドの渇きでのそのそ歩く。
下山中、数組の登山者とすれ違い、上部の様子やルートについて尋ねられる。
「天候、ルートの心配はない。民よ、余の遺したトレースに導かれ、安心して天上へといざなわれるがよい。歓喜の瞬間が汝を迎え入れようぞ」
むはははは、神様になった気分だ。だからラッセルはやめられん。
おまけ