注)言っときますけど沢の遡行記録として参考にしちゃ駄目です。アテになりぁしませんぜ、読むだけ時間の無駄っス。

冬の間、山へ行けなかった。
無理に行こうとしなかった、というのもあるし、肉体的、精神的、スケジュール的、そしてご存知、天候的に環境が整わなかったというのもある。



テニスやらない自分が俗に言うテニス肘になったのは以前書いたとおり。
テニス肘は運良く治ったが、何の因果かテニスに誘われるようになった。ラケットなんか持ったこともない自分を誘う神経がわからん。


あるとき山へ行こうと思って「週末は天気が良さそうだからテニスは台風でも来るまで延期しようぜ~っ」と提案したら馬鹿者扱いされてしまった。
じゃぁ、いつ山行きゃいいのさ?
テニスなんて雨の日カッパ着てやったって死にはしない。山の悪天は命が危ないんだぞ。一般ピープルの考える事は意味不明だ。



そんなこんなでゴールデンウィークは住宅街でBBQ。山菜摘んでその場でてんぷら企画も今年は下見だけになってしまった。
山では遭難者がゴロゴロ出てて冒険するには最適っぽい。
いったいどんな状況になってんだか覗き見したいがヒマもない。
山へ行かねえアルピニストなんて聞いた事ないぞ。


だって、行ける状態じゃないんだもん。こんな時、秀吉だったら粛々と準備して山行チャンスをうかがうのかも。



自分は?「鳴かぬなら、あきらめようホトトギス」。
さみーし、疲れるし、危なくおどろおどろしい雪山なんか登ったって財布ひろった事もない。もう歳だし、こういう面倒臭いことは事は若者に任せましょ。
アルピニストごっこはもうやめて隠居にチャレンジ。正に大人の判断。最近自分もしっかりしてきた。オレはエラい。



隠居といったらまずは植木でしょ。雑草を抜き、伸び放題の草花を鋏でパチパチやってたら蚊に追い回されて「ひ~ん」。こういう場合、屋内へ逃げ込み、頑固オヤジっぽく半纏で武装して碁でも打つのが理想だが、碁盤なぞない。もちろんルールも知らなきゃハンテンもない。

仕方なく部屋に座ってTVのワイドショーなぞ眺めてみるものの、一時間もするとなんだか落ち着かず、そわそわしてくる。文化的なことをするには精神修行が足りないらしい。


隠居は大変そうなので後回しにして手頃な丹沢の鍋割山へ向かう。結局山か、ガックシ。
山頂に着いたら登山ブームですごい数の人、人、ヒト。。。。
若者が多いから隅っこで小さくなって座る。自分が若い頃は圧倒的に年寄りが多かったのに。いつになってもマイナーな役回り。


ついでに山頂小屋の名物となった鍋焼きうどんを注文する列が15分待ち、注文してから口に入るまで40分。数年前なら待たずに食べられた。
すするうどんに諸行無常の響きあり。
これじゃ人の波を目にするばかりで日曜日に近所を散歩してファミレスに入るのとかわり映えしないじゃんか。


一般登山道は駄目だ。沢、それも誰にも会わなさそうな、西丹沢の箱根屋沢へ行こう。滝の直登は全てⅣ級程度、人工登攀もありだ。イヤ~ン、しびれるぅ~!無事に帰ってこれるかな?


無理やり山中泊プランとし、翌日は楽ちんそうなマスキ嵐沢をくっつけた。
ところで、あたしゃー沢好きでは有りませんよ、静かに山を眺めながらのんびりするのが好きなだけです。濡れるの嫌いだし。

今回、行動中は逐一、コンパスと地形図駆使し、マジメに正確な現在地特定をしようと思う。殊勝でしょ?


で、5月10日。
橋の横に車を停めるとすぐ沢に降り、しょぼい流れを辿り始める。ヘルメットと沢タビ以外の沢っぽい装備はロープだけ。エイト環、スリングはもちろん、カラビナの一枚すら持ってない。こういう風に安全を無視した、ふざけた態度でⅣ級の滝に取り付いちゃ駄目ですぜ。(オマエが言うな)


スタート 堰堤



はしごの付いた3つの堰堤を越す。3つ目の梯子最上部にはまだ葉のついた倒木の枝が束になって下向きに数十本覆いかぶさっていた。でかいリュックのせいで通過に難儀する。(なに持ってんだ?)


程なく傾斜のゆるいF1が見えてくる。3段20mと結構な落差。トポにはロープを出すようにと注意書き、もちろんフリーソロ。「最初の滝は準備運動に小さいやつがよかったなぁ」等とワガママ言いながら何とか登りきる。
まだ体のエンジンがかかっていないという事もあり、真剣だ。傾斜がゆるいといっても決して易しくはない。ヒトがいいから見た目にダマされちゃいそうです。


キレイな流れ F1だっ


すぐに二段構えの切り立ったF2。石積みの下段は簡単、上段の水流付近は広めのチムニーっぽくなっていて、逆層でぬめっている。登れそうにないが、話の種にちょいと取り付いてみた。濡れながら数手登ると行き詰る。
こりゃだめだ、そろりそろりと降り始めたら手がつるっと滑って体が真横になって落ちる。。
キャー!



F2 虫さん


地面が迫ってくる、長年バイクに乗っているので、どう着地したらマシか悩みながら人生を振り返りながら未来を心配しながら言い訳を考えながらスッ転ぶという技術には長けている。

滝から落っこちる場合、痛いのヤだとか思って柔道の受身みたいに体を回転させるとリュックの重みで加速し、斜面を延々と転がっていくのは経験積み。
この落差なら多少痛くてもベチャっといったほうがリスクが少ない。


”ベチャッ!”


イテテ。うまい具合に水面に落っこちた。水深30cm、いきなり全身びしょぬれで凹む。それでも、岩に直撃するのに比べれば天国と地獄だ。
「もうイヤだ、巻き路、巻き路」いそいそと右岸に垂れ下がっているロープにぶら下がるように取り付く。ウチに帰ってから調べたらここは左岸、それも水流からかなり離れた乾いたところを登るようだ。(先に読んどけ)そんなの直登って言うの?沢フリークの感覚はようわからん。
いずれにせよかすり傷すら負わずラッキー。



小滝の連続 滝が続く


いくつかの段差と滝を越すと12m幅広の滝が行く手を塞ぐ。右手から取り付き、左上するクラックを登る、ハーケンが打たれたところを過ぎた所でまた行き詰り、動けなくなる。

すでにクライムダウンできる範囲を越してしまってる。あと2手、60cmも登ればガシッとつかめる岩に手が届くのにもどかしい。。。
また白髪が増えるぜ。


少しでも動いてさっさと活路を見出したい。指先が引っかかりそうな角、つま先が掛かりそうな突起は無いのか、長く息を吐きながら周囲を観察。
早くクリアしてしまいたいがミスったら結果は甚大。今日はさっき悪運使い果たしてるので賭けはできない。「なんとかなるさ」焦る気持ちを落ち着ける。
技術は無いけどこういう状況下での精神的ツラの皮の厚さはそんじょそこらの連中よりは上だ。

幸い右足のスタンスは安定している。左右の足を入れ替えるとうまい具合に左向きのキョンが決まり、甘いホールドにもかかわらず体を伸び上げることが出来て、難所をクリア。キョンはインドアジムの専売特許じゃないのね。

落ち口まで上りきると気合一発、「シャァー!」だったか「ギョェー」だったか「ウオー」だったか忘れたが誰も居ないことをいいことに大声でわめいて、気を鎮める。
単独行はいい。


難儀したぞ こんなのも


ほっとする間もなく次々に現れる滝を登っていくと核心の15m滝。こいつは人口登攀ルート。道具持ってないので右岸を巻くがこれがまた絶悪!一歩動くたびに岩交じりの泥壁が崩れ、落ちた岩は沢床でバラバラに砕け散る。20m登ったが次の一歩をどうするか考えてる間にも足元はガラカラ崩れ、安定には程遠く、滝登りでセミになるよりタチが悪い。またこれだ、安定志向なんですけど。何処まで進めば緊張から開放されるんだ?高度感バリバリだし、ここで落ちたら滑落じゃない。。。
♪ つ ・ い ・ ら ・ く ♪ ヒェ~~


高巻きを終え、立木につかまりながら下降して流れに立つと早速次の滝。岩の表面がつるっとしていて取っ掛かりに乏しい。ハーケンが2本打ってあるのでスリングでタイオフして自己確保するかA0にすれば登れそうだが、悲しいかな、そんなもん持って来てない。
沢には十分な装備でのぞみましょう。(お前が言うな)

後で知ったことだが、ここも人工登攀がセオリーなんだと。(予習はしっかりね)

直登はあきらめ、面倒クセー泥壁をまた登り、この滝も高巻き、流れに戻ると次から次へと滝の登攀が続いて楽しく、調子に乗ってきた。


こりゃどこだ? 確か人工ルート


良いことは続かないもんで7m、緩傾斜のナメ滝に取り付くとまた行き詰る。頭の高さは落ち口まで上がっているのに次の一歩、一手がない。細かいホールド、スタンスを繋げて力任せに登ってきたからクライムダウンできるはずはない。

右手中指の腹を右壁の岩のシワ、3mmあるかないかの角に掛け、左手は流水中、丸く1cm位つるっと盛り上がった花崗岩に押さえつけてバランスをとる。両足はぬめり気味の外傾バンド上で何とかトラクションを得ているだけなので、いつ滑り落ちるか油断がならない。

人間の頭は重い。この状況下、ヘタに頭を動かすとバランスを失い、滑落するかも。目だけを動かし、周囲を観察。指のかかるところ、足が乗りそうな所はないのか。


無い。


意を決し、左足をぬるっとしたスラブ上の僅かなへこみに当て、そっと体重をかける。一かバチかだ。慎重に体を持ち上げ、左手を伸ばす。指の掛かる箇所は無い。体を伸ばし、もうちょっと手を伸ばす、どこにも掛からない「クッソ!」もうちょっと。。。


ハッとした。体が落ちる。左足が滑ったのだ。なにが起きたか理解する間もなくその場に踏みとどまっていた。落ちなかったのは奇跡としか言いようが無い。火事場のバカ力ってやつか?この一瞬で息があがった。顎がヒリヒリしている。切ったか擦ったか。

もう一度周囲を観察。何か見落としてないか、ここを切り抜ける手がかりは無いのか?あと一手なのに。


無い。


リュックを捨て、空身になれば多分登れる。しかし、リュックから腕を抜くには片手で体を支えなければならない。片腕を抜いた瞬間、当然リュックは振れる。この条件下、リュックの振れに片手で耐えるなんて到底無理。グレードⅣ+の新茅の沢大滝を登った時は荷が軽かった。今回はだいぶ重い。

甘く見すぎたか。万事休すだね。これといった策は無い。いよいよ "その時" が来たのかも。安全確保せず、後は知らない突撃登りをやってんだから驚くには当たらない。終焉が突然やって来る事くらい知っていたさ。無情なもんだ。


一旦登る事は忘れ、五体満足の最後の時間を楽しむ事にした。
新緑の原生林は美しく、きらきら踊る透き通った水は宝石の流れ。見ずして一生終える人が大多数だ。今、この渓谷美を独り占め。贅沢な瞬間じゃないか。
まだちゃんと動く手足に話しかける。


「今まで色々あったなぁ。アレもやったし、コレもやった。
 あの頃はつらかったが、その後は楽しかった。そういえばあのコはげんきかなぁ~」


流水中の左手が冷たく痺れてきた。どんな結果であれ、それが天命。
覚悟はできた。さっきと同じ岩の同じ位置に左足を当て、重心を少しでも岩壁に近付けようと頭を右手すれすれに近づける。体の位置が変わっても左つま先の角度が変わらないよう細心の注意を払い、体をずり上げる。
左腕を精一杯伸ばす。つるりとした岩。左手を思いっきり開き、平たい岩に指の腹を押し付ける。

いよいよ左足に体重を乗せる番だ、さらば、自分。「ウッ!」まだ滑らない、ゆっくり動け!、左手のパーミングはまだ効いている。頼むっ!右手をマントリング気味に返し、右腕を伸ばす。落ち口の高さまで上体を押し上げ、重心が下肢から腹ばいになった胸に移るのを感じる。落ちなかった。死の淵から生還。


ああ、きわどかった。この時ばかりはギャオギャオ叫ぶのも忘れてた。
立ち上がって肩で息をする。「ヒイ、ヒィ、フー」冬のバリエーションでもこんな思いをしたことは無いゾ。

落ちてたら頭蓋骨カチ割って中身がバラバラと出てきたに違いない。昔見たエッチ画像が散乱したかも。ヤベー、ヤベー。
それでも、極度の緊張からの開放感は他では得がたい。この趣向は死ななきゃ治らないかも。


調子いいぞ この奥ヤバイ


あ~あ、気が抜けた、7年分くらい年取った気分だ。早く隠居しよっと。
水が涸れると岩屑交じりの斜面を掻き登る。ズルズル滑ってやたら疲れる。稜線まで登ると地形図を取り出し、狙ったとおりの位置に到達していることを確認。


屏風岩山を経て今日の宿泊場所、一軒屋避難小屋まで下る。ここをベースとして鬼石沢を登るパーティーは多いから小屋が満員の場合を想定してテント持ってきたのに誰もいない。

せっかくなので、一応張ってみる。丹沢は全域キャンプ禁止だから立てるだけですよ。


とりあえず 避難小屋



沢を見たらスリムな体つきをしたヤマメがいる、いや、縦じまが見えないから岩魚かも。「オマエ、かわいいな」"ミーシャ"と名付け、その美しい姿を眺める。しばらくすると邪悪な気持ちがムラムラ、じゃなかった、むくむくと湧き上がってきた。とっつかまえてやろう。

こういう緊急事態に備えて今回は塩、コショウはもちろんしょうゆに金串、炭や焚付けまで装備してきた。緊急事態発生時にはココロが無意味に燃えあがるオトコなのさ。
どうだ、参ったか!(な~にが?)


誰もいない事をいいことに流れに入って追い回してみたが口惜しいかな、ミーシャのほうが賢いらしく、捕まえられそうにない。30分後、ココロは燃え尽きた、、、真っ白に。。。。

腹は減るし、日も傾いてきたので「今日のところは許してやる。命拾いしやがって、悪運の強いヤツめ。」負け惜しみに捨てゼリフを残して岸へあがり、濡れた服を立木に干す。何事もあきらめが肝心だ。


小屋に戻ってコンビニで買ってきたレトルトシチューを温める。ご大層な名前が付いているので旨いだろうと信じていたら、ウチでいい加減に作った方がずっとマシという当たり前の結果に。期待した自分がバカだった。

食べ終わって表に出ると利口なミーシャが涼しい顔して泳いでやがる。チクショー!次回はきっと。。。。

テントに入り横になると薄ら寒い。シュラフを出して潜っていたらうたた寝してしまい、気付いたらもう朝。キャンプしたんじゃないですよ、うたた寝ですからね。



赤いクモ 明るい登山道


11日
テント撤収してマスキ嵐沢との出合いまで登山道を下る途中、山に入って以来初めて人とすれ違う。
沢の初体験にうってつけと言われるマスキ嵐沢に入ると倒木が多く美渓が台無し。ここの滝登りは気楽なもんですわ。それでも去年辿ったお隣の鬼石沢より難しい気がしたよ。


渓相台無し 渓相キレイ



いいですなぁ まだ続く




一方昨日の箱根屋沢の登攀はしょっぱかった。初めてで単独、荷が20kg、しかもノーザイルで登ったら白髪指数は200と認定。ところで「白髪指数」って一体何だ?今度来た時ミーシャに聞いてみようっと。


明るい沢です 生意気に雪渓


沢を詰めあげると権現山に立ち寄り、よそ行きの善人顔に戻って西丹沢自然教室へと下る。怪我無く下山できるってシアワセ♪。
初々しい若葉に山ツツジが彩りを添え、アルピニスト改め唄って登れる(?)突撃オヤジの誕生を祝福していたよ。メデタシメデタシ。



つつじ  幽霊?

   


     すがすがしい  西丹沢自然教室