3種のスナガニ 同定編 | アリ塚

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昨日の続き、第二部では捕獲したスナガニ類とその特徴を解説します。

 

連続した内容なので、前回の記事下矢印を読んでおいたほうが理解しやすいと思います。

 

 

さて、私はN海岸で3匹のカニを発見・捕獲しましたが、それぞれがスナガニ属の別種でした。日本にいるスナガニ属5種のうち3種を捕まえたということです。持っている男は違うなぁと感じました。

 

うちナンヨウスナガニツノメガニの2種は、本県での採集が昨年の論文で報告されたばかりです。もっとも、2011年にナンヨウスナガニスナガニと誤同定されているため、以前から棲息してはいるようです(定着は別として)。持っている男ならこれらを昨年以前に捕獲・同定していたことでしょう。悔しいぜ。

 

なお、場所を伏せている手前これらの文献も紹介しないことをご容赦ください。キーワードで調べれば出ますが。

 

 

それでは、本題のスナガニたちです。

 

まずはスナガニ[Ocypode stimpsoni]。リトルグレイのように大きな眼。

 

背面。甲の形状はナンヨウスナガニに似ているが、甲の模様、鉗脚(かんきゃく:ハサミ)と歩脚(ほきゃく)の特徴からスナガニと判断。

 

腹節が広いのでメス。メスでもハサミの大きさが左右で大きく異なるのがスナガニ属の特徴。

 

上差し判別ポイント

スナガニの大鉗脚(大きい方のハサミ)の内側には顆粒が並んでギザギザしており(発音器官、画像無し)、これを腕の角ばった部分と擦り合わせることで「シュリシュリ」という音を発します。楽器のギロと同じ仕組みですね。スナガニたちはこれを主に威嚇に用いているようです。

 

また、甲の後部(背面、甲羅のお尻部分)に白い斑紋が2つあります(画像2枚目)。

 

 

次、ナンヨウスナガニ[O. sinensis]の幼体。めちゃくちゃ可愛らしいキョトン顔。

 

美しい模様だが、これが砂浜では迷彩となる。

 

腹節が細長いのでオス。

 

上差し判別ポイント

ナンヨウスナガニには、スナガニにあるような大鉗脚内側の顆粒列(発音器官、ギザギザ)がありません。また、眼窩は丸っこくて深いです。ここでミナミスナガニ(画像無し)との区別ができます。幼体は上の写真のように特徴的な模様をしています。

 

 

ラスト、ツノメガニ[O. ceratophthalma]幼体。素晴らしいカモフラージュ

 

眼の頂端に突起があるから「角目蟹(ツノメガニ)」。成体では伸びてよく目立つ。

 

砂模様。『Ghost crab(幽霊蟹、スナガニ類の英名)』の名に相応しい。

 

腹節が細長いのでオス。幼体のうちはハサミのサイズ差が小さいのだ。

 

上差し判別ポイント

ツノメガニの特徴は何といっても眼の上の突起。オスの成体で最も良く発達し、眼柄と同程度の長さになります(眼の長さが2倍に見える)。これは日本に棲息する他のスナガニ属にはありません。幼体ではあまり発達していませんが、メス成体なら突起が小さいものの別種と区別できます。

 

スナガニと同じく大鉗脚内側に発音器官がありますが、その顆粒の並び方が異なります(画像無し)。また、甲後部には黒い人魂のような模様おばけがあります(画像1枚目)。幼体がしばしばミナミスナガニと誤同定されていますが、眼の突起・発音器官の有無・甲後部の模様などで見分けられます。

 

 

かに座補足

その他、鉗脚や歩脚、腹脚、甲の形状にも判別点がありますが、長くなるので割愛します。重要な発音器官の写真がありませんが、今回捕獲した3種については上記の特徴で概ね同定できると思います。ミナミスナガニがいれば違いをより比較できるのですが。

 

同定に当たって必要十分な情報は「1. 大鉗脚内側の様子」「2. 」「3. 眼柄」「4. 眼窩」です。その場で判らなくとも、とりあえずこの4か所の鮮明な写真を撮っておけば判別できます。

 

また、幼生がプランクトンであることから、未だ日本で確認されていない種類が日本沿岸で見つかる可能性は多分にあります。ところが、高知県の2個体しか記録の無いホンコンスナガニのデータすら乏しいので、国内未発見の17種の同定は困難を極めることでしょう。砂浜のカニを捕まえる習慣の普及が第一歩です。みんなでカニを捕獲しよう!かに座

 

 

 

捕獲されたナンヨウスナガニツノメガニが幼体でしたが、実はこの2種はスナガニよりも南方のカニで、暖地でなければ越冬できず、死滅回遊魚のように死んでしまいます。この辺りで成体(越冬個体)を見ることは未だできないかもしれません。

 

ちなみに、『外来種』とは「意図的/非意図的を問わず人間活動によって移入された生物」を指し、自然に分布を拡げたこれらのカニは当てはまりません。※もちろん、外来種=悪ではありません。

 

しかし、これら2種はスナガニニッチ(生態的地位)を同じくするため、ただでさえ減少しているスナガニの棲息数に大きな変動を及ぼす可能性があります。もしも彼らがN海岸で越冬できるようになれば、その生態系に多大な影響を与えるでしょう。

 

 

適当に捕まえた3匹がそれぞれ別種だったことは、スナガニ類の勢力変化を示唆しているのかもしれません。非人為的な生態系の変化を感じる体験でした。

 

 

 

※追記。以下は本記事にdemenigisu20cmさんから頂いたコメントへの返信にあたって、文章だけではうまく説明できなかったために追掲載した画像です。顛末が気になる方は、お手数ですがコメント欄をご覧ください。

 

最高速度のツノメガニ。進行方向の第1、第2歩脚(「シュババ」の脚)で跳び、反対側の第1、第2歩脚(「支えるだけ」の脚)はチョンチョンと着地するだけ。

 

ゴーストクラブたる擬態。