思い出のロシア民謡 | ムル☆まり同盟

思い出のロシア民謡



zivyotmoyaotrada

「自分で選んだんだろっ」むかっ


 先生の厳しい口調に、半ば半泣きの私。しょぼん


 舐めてたなっと深く反省する。


 チェロを始めて半年と少したった2003年の冬。ある日、先生が分厚いロシア民謡集を持ってくる。ロシア音楽の基本は民謡。チャイコフスキーもショスタコビッチも、ロシアの偉大な作曲家たちはみな、ロシア民謡を深く愛し、その影響を大きく受けている。しばらくそれらを使って「ロシアの心」を学ぶのだという。それまで初心者向けエチュードを使用していた私は、いかにも「ロシアでチェロを学ぶ」っぽい教材の登場に胸躍らせる。しかも、自分で選んできた2曲について、まず、(私にわかるようなロシア語に置き換えて)歌詞の説明をし、その雰囲気をいかに出すか、という今までの技術的なお話とはかなり趣向の違った取り組み方で、とても楽しそうに思えた。


 甘かった…。ガーン


 最初の4,5ヶ月間、ボーイング(弓運び)とポジション移動(左手)のみを特訓してきたスパルタの先生が、急にカルチャー教室のように「さあ、楽しくやりましょう」ノリに変わるわけがなかった。


 次週までの宿題として、自分が好きな曲を2曲選んでおくように言われたので、色々歌ってみて、一番きれいだなっと思ったものを選んだ。次のレッスンで先生が運指を考えてくれる。1曲は初見でも弾けるようなカンタンな曲だったので、一週間で合格(?)。それ以上練習しなくてよいと言われた。問題はもう1曲。


 …こんな難しい曲、選んでたの、私??、とあせるが後の祭り。何週間もの間、この曲を引きずることになる。


 何週間練習しても決まらない半音のポジション移動にだんだん嫌気が差してきた。そのうち「これは選曲が難しすぎたな」と先生があきらめてくれるだろう、と高をくくっていたのだが大きな間違いだった。次の週も次の週も先生はしつこく厳しかった。おまけにポジション移動もままならないのに、曲想のつけ方にまで厳しい質問が飛ぶ。い…、いや、そんなとこまで神経がまわってないんだってば…。(ってロシア語で言えないのが、またストレス)


 おまけに外はどんよりとうす暗い。何日も何日も太陽が姿を見せることなく、雪雪がしんしんと降り続く。


 自分の不器用さ、先生との天と地ほどもある距離がうらめしく、黙々と練習した冬だった。


 …って、私って青春、してたかなぁ~☆ 何回目の青春かわかんないけど。



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