ベビーハウス (乳児院) | ムル☆まり同盟

ベビーハウス (乳児院)

 「モスクワの子どものいる家庭の70%はシングルペアレント。これには、両親以外、つまり、祖父母その他の親戚が保護者の場合も含まれる。」


 人に頼まれて、IWCチャリティの資料の中から、子どもの置かれている状況を説明した部分を翻訳しようとしたときのこと、いきなり一行目で手が止まった。タイプミスではないかと思った。しかしながら、他のどの資料を参照しても数字は同じ。詳しい人に確認しても同じだった。一般家庭で育つ子どもの3割しか両親と一緒に暮らしていないとすると、一般家庭以外、つまり施設や路上、里親の下で生活する子どもたちを数に入れれば、両親+子ども、というスタンダートな家族構成で育つ子どもの割合は、さらに低いものになる。


 モスクワにおける恵まれない子どもたち、つまり、孤児やアル中などの養育不適格者を親に持つ社会的孤児、(経済的に苦しい)シングルペアレントの子ども、ストリートチルドレンなどが多い理由としてしばしば挙げられるのは、ロシアにおける性教育へ取り組みが非常に消極的なことだ。


 ロシアでは、保守的な体質が根強く、性教育をタブー視する傾向にあるため、学校できちんとした性教育がなされていない。また、ロシア正教の教えにより、中絶をする人は非常に少ない、と聞く。したがって、避妊の知識不足から、初体験の相手とできちゃった結婚せざるを得ない状況に陥る20前後の若者が非常に多い。学生どうしである場合も多い。(同じ理由で、ロシアにおけるHIV感染率は非常に高く、将来は労働人口が不足し国外の労働力に頼らざるを得ないだろうとの懸念もある。)


 できちゃったからと言って、彼らに経済的能力があるわけではなく、多くはどちらかの親の家庭に転がり込むことになる。そうして結婚した彼ら、当然、長続きする確率は非常に低い。相手の親と折り合いが悪くなる場合もあれば、恋が冷めて別れたくなる場合もある。赤ん坊は生まれた、仕事はない、と、行き詰った状況が、ドメスティック・ヴァイオレンスやアル中につながることも決して少なくは無い。


 こうして残された子どもたちは、孤児院に収容されたり、そこから脱走してストリートチルドレンになったり、経済力のないシングルペアレントの下で生活苦にあえいだり、と、非常に厳しい道のりを強いられることになる。


 モスクワ市内には、約20箇所のベビーハウスがある。ベビーハウスは、0歳児から就学直前までの孤児または社会的孤児の面倒を見る場所だ。施設の規模にばらつきはあるが、だいたい1施設に30から50人程度の乳幼児が収容されていて、年齢別に10人前後ずつのグループ分けをされて生活している。1グループにはシフト制で常時2人の保母が付く他、この施設では他に医師が2交代で1名常駐、院長と秘書、食堂の調理師、警備員などが働いている。また、教育担当の保育士もいる。


 この施設は、起床から就寝まで、3食とお昼寝のほか、保育士による紙芝居やおゆうぎ、お絵かきなど、何らかの「教育」の時間、トイレやお風呂の時間まで、こと細かく決められたプログラムにしたがって運営されている。が、10人前後のグループに、たった2人で1日中面倒を見るのだ。ここの保母は大変な重労働(しかも薄給)、とても自由時間に一緒に遊んでやる体力的精神的余力は残っていない。


 そこで、外国人ボランティアが、1,2週間に一度、同じハウスを訪問し、自由時間に一緒に遊んでやるのだ。


 ボランティアのグループは、モスクワ歴が長くロシア語の話せる経験者を中心に、各施設の近所に住むボランティア登録者3-5人で構成される。私のグループにもロシア人と結婚したモスクワ歴10年の台湾人がいて、この人がリーダー兼通訳を務めてくれた。


 最初に訪れたときの顔ぶれは、台湾人とアメリカ人、そして日本人の私という顔ぶれでロシア語が話せるのは、このリーダーさんだけだった。3人中2人がアジア人だし、3人中2人はカタコトロシア語だし、「こんなんで、ボランティアになるのかしら?」と半信半疑だった。


 けれども、案内された4,5歳児のお部屋に入って、まずびっくり。


 靴を脱いでプレイゾーンに入るなり、親戚か顔見知りの近所の人が来たかのように、子どもたちは、嬉しそうに私たち3人のまわりにわっと集まった。抱っこをせがむ者、ボール遊びをせがむ者、大好きなお人形を見せてくれる者、等々。とても初対面とは思えない対応だった。


 愛情に飢えているのだ。


 もちろん保母さんたちがそっけないわけではない。保母さんたちも、温かく接してはいらっしゃるのだが、何しろシフト制とはいえ24時間この子たちの面倒を見ている。とてもお疲れで、鬼ごっこやボール遊びなど、体力を使う遊びにまでつきあう余力は残っていないという感じだった。


 私がボランティアをしていたのは、第12ベビーハウス別館。家からバスで20分ほどのところにあった。ここには、少し広めのお庭があり、そこにIWCから寄付された遊具で作ったちょっとしたプレイロットがあった。ここに連れられてきてから、運よく養子にもらわれるか、あるいは、学齢の子どもの孤児院に移るまで、彼らはこの外の世界をほとんど知らずに育つ。だから、外の世界に異様なまでの関心を示す。


 たとえば。


 ある日のこと、窓際に数人が集まって、おでこをぺったり窓にくっつけて何かを見ている。「何が見えるの?」と尋ねると、「く~る~ま~♪」と一斉に答える。とてもわくわくするモノを見ている表情で、嬉しそうに口々にそう教えてくれる。見れば、一般的な国産車が敷地内に入ってきたところだった。それが子どもたちの好きな誰かの車、というわけでもないらしく、その後、気をつけて見ていると、物資搬入の業者の車であれ、何であれ、門が開いて何かが入ってくるたびに、何人かは必ず反応していた。


 車は外界の雰囲気を運んでくるもの。彼らには大きな関心の対象だった。もちろん、私たちボランティアも。


 また、ボランティアが一緒だと、保母さんたちが少し大目に見てくれることを知っているちゃっかりした子は、ボランティアと手をつなぎ、プレイロットから離れて、敷地境界線のフェンスのところまで行く。そこから、じぃっとお隣のアパートや外の世界を眺めている。(余談になるが、うちのムルカが敷地の境からじぃっと外界を眺めている姿を見ていると、たまに彼らのことを思い出し、とてもせつない気持ちになる。ともに、同じ空気が流れていて、すぐそこに見える敷地の外に出ることは決してできない。)


 虐待などのつらい経験を経てハウスにやってきた子も少なくない。そんな子は心に深い傷を負っていて、決して人と目を合わせなかったり、見ないのに握った手を離さなかったり、ボールを投げても受け取ろうとはしなかったりする。また、繰り返し、訪問しているうちに、友だちを叩くくせのある子、お腹が痛いとうそをつく子などに気づく。そうすれば、ボランティアが自分に注意を払い話しかけてくれることを知っているのだ。


 最初は、ただかわいかった。(ホント、スラブ系の子どもってお人形そのものなんですよっ!) それから、彼らがいかに愛情に飢えているかということに驚き、顔なじみになってくると、だんだん人の目を見ない子、叩く子や仮病を使う子たちの悲しい実情に気づき、一緒に遊んでいるのがつらくなってきた。


 教育の行き届いていない貧しい後進国や内戦中の国とは事情が異なる。モスクワのこういった子どもたちの多くは、親の身勝手さにより、このような境遇に陥っている。性教育だけで解決のつく問題ではないと思うが、それも第一歩だと思う。また、養育放棄を気軽に考えすぎている親のモラルの向上が最も望まれるのは間違いのない事実だ。

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施設の看板 「ДОМ РЕБЕНКА но.12 ФИЛИАЛ(ドーム・リビョンカ no.12 フィリアル)」(子どもの家 no.12 別館)と書かれている


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この施設の外観(門から見たところ)



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施設の敷地のはずれ。私が一緒で保母さんが大目に見てくれることを承知の上で、ひとりが敷地の境界に向かって走り出すと、他の子も便乗。しばらく一緒に隣のアパートを見ながらおしゃべりをしてから、プレイロットに戻った。


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カラフルな遊具の並ぶプレイロット。(IWCからの寄付金により設営されたもの)



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館内唯一のテレビもあるホール。ここで様々な会を催すらしい。このときは、楽しみにしているアニメが放映される時間で、希望者(ほとんどだが)が集まっていた。


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4-5歳児1グループのプレイゾーンの約半分。玩具や遊具のほとんどは、IWCを介して外国人から寄付されたもので、私たちのようなボランティアやコーディネータが持ち込む。


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