「ミステリー・モスクワ - ガーリャの日記1992」 | ムル☆まり同盟

「ミステリー・モスクワ - ガーリャの日記1992」

ガリーナ ドゥトゥキナ, Galina Dutkina, 吉岡 ゆき
ミステリー・モスクワ―ガーリャの日記1992

モスクワ在住、出版社勤務の編集者にして日本文学の翻訳者である著者の1992年の日記。日本向けに企画されたこの本のための書き下ろしである。


 日記の書かれた1992年は、クーデターが起こり、ソ連が崩壊した1991年の翌年だ。著者の個人的日記という形をとりながら、物価の高騰や治安の悪化、マフィアや闇屋の台頭に、物価に追いつかない賃金等々、今まで読んだり聞いたりしてきた話が、最も生々しく、最も具体的に記述されている。政治的なできごとについても、時系列で日常のできごとと並べて書かれているので、とてもわかりやすい。もしこの日記を、夫の内辞が出た前後に読んでいたら、それでも私たちはモスクワ行きを辞退しなかったのだろうか。そこまで考えるくらいに、ソ連崩壊直後の混乱する世の中が克明に描かれている。


 と言っても、私が暮らした2002年から2005年にその片鱗が残っていなかったかと言えば、まだまだ色濃く残っていた。今も残っていると思う。


 たとえば、外資系企業や団体、および周辺で働く「妙に優秀な」ロシア人たち。十分な教育を受け、教養があり品のある人で、「なんでこんなところにいるの?」とびっくりさせられた人は多かった。たとえば、ベビーシッター、たとえば運転手、そして警備員、等々。「副業」としてそれらの仕事に携わる人も少なくなかった。本業のお給料の何倍ものお給料を支給されるからだ。その人たちがそうせざるを得なかった賃金事情や胸のうちが記されている。ニコニコ笑ってはいたものの、彼らが過ごしていた時間は、同じ空間で同じ空気を吸っている外国人とはまったく別のものだった。この本を読んでからモスクワに行っていたら、彼らとあんなに気安く接することができただろうか。


 何だか、「知らぬが仏」ってこういうことかもなぁ~っと思った。


 もちろん、この本だけを読んで、「今のモスクワ」がわかるわけではない。すでに1992年からは14年もの月日が流れ、当時、日本でいう小学生くらいの年齢だった子どもたちも、すでに成人し、社会の担い手になっているし、この間、急速なスピードで、世界中から様々なモノや文化が流れ込んだ。


 けれでも、数々の矛盾を「当たり前」のこととして抱える現在のモスクワを理解するのには、とても助けになる本だと思った。



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