ピアノの寿命 | ムル☆まり同盟

ピアノの寿命

モスクワのアパートにはボロボロのピアノがあった。先住者が残していったもので、譲受価格はズバリ、タダだった。モスクワでは長い夜の暇つぶしに、ということだろうか、ピアノを家に置く外国人が多かった。その多くは非常に年代物の中古で、その譲受価格も仲介業者を通さない場合は100ドルから200ドル程度が相場、我が家のように、代々引き継がれていてタダ、という代物も決して珍しくは無かった。


20歳頃までピアノを習っていた私も、最初はこのピアノにほとんどと言ってよいほど興味を示さなかった。このピアノ、調律は狂い、音はボケていて、おまけに外部には引越により付いたと思われる多くの打ち傷があったので、「捨てそびれたアンティーク」と言った感があったからだ。


さて、このピアノが生き返ったのはモスクワ生活を始めて1年以上が経過した秋のこと。同じ棟に住む友人がピアノを習い始めたため、彼女がピアノ購入時に呼んだ調律師に我が家にもついでに来てもらったのだ。


音が出なくなった鍵やいくつかの磨耗していた部品を交換し、調律を済ませたピアノは、まさに命を吹き返した。調律師によればこのピアノは、19世紀前半、ドイツ人がペテルブルグで興したメーカーが製造されたもので、このメーカーは当時、数々の賞を受賞している(フタを開けると、数々の受賞コンクール名とメダルの絵が金文字で並んでいた)、とのこと。調整済みのその音は、まさに玉を転がすような美しさで、その音をずっと聞いていたくて、初級者用名曲集を何冊も買い求めた。


その後もその調律師には何度かお世話になった。彼によれば、このピアノはそのマンションで彼が調律してまわるピアノの中ではもっとも美しい音色を持ち、これと同じピアノを持つ人は、彼の顧客の中では、モスクワ音楽院の教授にひとりいるだけだと褒めちぎった。あとどのくらいこのピアノは使えるのか、という私の質問に、調律師は「少なくとも、あなたよりはずっと長生きしますよ」と微笑んだ。


ところで。


日本の我が家にもピアノがある。幼少のみぎり、両親が買い与えてくれたもので、私たちがこのマンションに引っ越したとき、半ば強引に実家から送りつけられたものだ。当時の私は、家電製品の寿命が10年-20年程度であることから、30年以上も前に購入したこのピアノのことを、時々は触るものの、何だか捨てるに捨てられない粗大ゴミのように感じていた。その話を調律師にすると、「30年なんて、まだまだとても若いピアノですよ」とまた笑った。


日本にピアノが普及したのは戦後のこと、そして、私たちは高度成長期の「使い捨ての時代」に育った。だから、製造後30年以上=アンティーク、使い物にならない、と思い込んでいた。けれども、ピアノというものは、きちんとメンテナンスし、大切に使えば、100年も200年も使えるものだということを、彼に出会って初めて知った。


日本に彼のような細かなメンテナンスを(安価で)してくれる調律サービスがあるのかどうかは知らない。が、できれば、このピアノにも孫子の代まで生き延びて欲しいものだ、と今では思っている。


piano

こんな写真しか残っていなかったのですが、正面の黒いのがそのピアノです。

椅子の上に座っているのはムルカ。手前に見えるのは遊びに来ていたチャーミーちゃん。チャーミーちゃんは猫見知りをしない1歳年上の女の子で、初対面の瞬間から友好的に近づいてきたのですが、ムルカが逃げ回って椅子に飛び乗ったシーンです。


ねこへび ムルカのためにぽちっとにゃっ↓ねこへび

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