岡神社
春照ステーション
深谷線の途中で唯一の駅があった場所である。しかし、実際には明治16年(1883)に開通し、明治22年(1889)には運転を休止しているため、6年間のみであったが、現在も、この場所付近をステーションと地元の人は呼んでいる。しかし、それを知っている人はもう残っておられないようである。
滋賀岐阜県境の深谷線
深谷線の弱点・坂道
明治16年、深谷線が開通したが、関ヶ原と長浜間の急勾配が大きな問題としてあがっていた。そのため、当時最新鋭であり、急な坂道を走る機関車として特別に制作されたイギリスのキットン社製を採用した。重量36,9トン。しかし、その機関車でも上れず、特に高番の弥高川橋付近を越えることが難しく、一旦春照駅を出発した列車が岡神社あたりまで引き返し、石炭を炊き直し馬力をかけて上ったという。また、それ以上の難所、深谷付近では急勾配すぎて乗客が降ろされたらしい。客車の構造は中央に通路がなく、4~5つの小部屋に分けられ昇降口には扉があり、乗車すると外から鍵をかけ、次の駅では駅員が鍵を開けてくれなければ下車できなかった。
深谷線工事の難航
当時10ヶ月で建設された突貫工事でありながら、その工事自体ひじょうに難工事であったらしい。特に、深谷付近は山を削り切り通しを作り、その土で土盛りを行い、勾配を安定させた。そのため、現在でも、高いところで10mの土堤がみられる。これは現在の国道365号線では幅の広い、緩やかな上りのよい道路に生まれ変わっている。
龍ヶ鼻トンネル
現在、国道365号線の横山の山麓にその遺構のみが現存する。長浜市と山東町の境に50mほどにわたって斜面に石積みの跡が残る。現在は姉川側に削平し、道路が建設されている。







