僕は家に帰って部屋で着替えていると、親父からメールが届いた。
タイトル 会いに来いよ
本文 月に一度は会いに来ることになってるだろ。会いに来れないならちゃんと連絡しろ。
お袋と離婚した親父とは、月に一回は会うことになっている。小学生の頃はまだ楽しかったけど、中学生になって休日に会うのも嫌になって、平日の夜にご飯を食べて、近況を話す形になり、高校に入って何となく親父に会うのが億劫になってきた。親父を嫌いになったわけでもないし、強い気持ちで会わないと決めてるわけじゃない。本当に何となくで自分でもよくわからなくて、メールの返信をする気にもならなかった。
☆
翌日の休み時間メイド部の会議をした。美紀ちゃんは佐奈ちゃんの隣にいることになった。だけどいきなり悲鳴が聞こえてそっちを向くと、昨日の怪物が現れた。光球を美紀ちゃんに向けて撃ってきた。美紀ちゃんの前に出た佐奈ちゃんは、冷却大斬刀を出して光球を切り裂き、怪物に向かっていく。クラスメイトは怪物から逃げていく中、佐奈ちゃんとの一騎打ちになり、メイド部の部員と僕と波川だけになった。
「邪魔だ!」
美紀ちゃんに向けた光球とは別に、闇の光線を放った。佐奈ちゃんは冷却大斬刀を楯にして防いでいる。怪物は佐奈ちゃんを殴りつけた。巨大な冷却大斬刀を華麗に振り回し、机の間をすり抜け、攻撃をしながらかわしていく。怪物は美紀ちゃんの方を向いた。
「君はこんな娘じゃない。もっと普通の女の子で、僕に話しかけてくれたのに」
「よそ見をするな!」
佐奈ちゃんは冷却大斬刀で横から斬りつけた。決まったと思ったら、怪物の手が光って受け止めていた。
「理想のイメージをあたしに重ねないで!」
美紀ちゃんは怪物に訴えた。怪物の話を聞いてると、怪物は美紀ちゃんと仲が良かった人物に思えてきた。昨日ご主人様が怪物を友達と言ったのを考えると、怪物は美紀ちゃんを、自分の思い通りの友達にしたいんじゃないかと思った。生徒の誰かが怪物に変身しているんじゃいないか? 生徒の誰かが変身してるとして、誰がどんな目的なんだ?
「重ねてない。面白いことなんて、今まで言ってなかったじゃないか! メイド部のせいで変わったんだ。元に戻って!」
怪物は頭を触って、佐奈ちゃんへの攻撃を放つ。佐奈ちゃんは光球を打ち返したが、怪物は手で弾き窓の外へ逃がす。こうやって教室を壊さないように窺えるのも、生徒だからじゃないか。怪物の声に聞き覚えがないか、集中して聞いたけど、怪物になって声が低くなってる。少なくともうちのクラスにはこんなに低い声はいない。美紀ちゃんと仲が良かったと推測した場合、クラスメイトのはずだ。
「これならどうだ」
怪物は連続で佐奈ちゃんに向けて光線を放つ。佐奈ちゃんは巨大な冷却大斬刀を楯にして防いでいるが、怪物が近づいて行く。
「お前の思い通りに行くか!」
波川が後ろから竹刀でぶっ叩く。だが怪物には通じてない。振り返った怪物は、右手で波川の首を掴みながら持ち上げていく。絞められた首が苦しそうな波川。僕は思わず怪物に蹴りを入れたが、全く効いていない。
「隙を作ってくれて助かった」
波川の首を締め上げたまま、今度は僕を攻撃しようとした怪物だったけど、佐奈ちゃんが怪物に向かって攻撃をする。しかしギリギリでよけられた。
「さすがに分が悪いな」
怪物は波川から手を離して、教室から出て行く。俯いて荒い呼吸をする波川の元に、心配したみんなが集まった。玲奈ちゃんが背中をさすっていると、美紀ちゃんが話し出した。
話しにくいことだけど、打ち明けなきゃダメだという強い目だった。
「さっきの怪物が言ってたみたいにみんなも、あたしが冗談を言うの変に思う?」
誰も同意しない。それを確認して美紀ちゃんは続けた。
「あたしね、子供の頃周りに馴染めずにいたんだ」
その真剣な雰囲気で、みんなは美紀ちゃんを見つめている。いつもの和やかな空気とは違い、緊張感が漂っている。
「あたし内気で、周りの娘に中々話しかけられなくてさ。話しかけられても、うんって言ったり、首を振ったりするのがやっとだったの」
ゆっくりと僕達一人一人の顔を見ていく。まるで僕達には簡単だろうけど、自分には大変だったと言っているようだ。
「このままじゃダメだって気が付いて、周りに合わせるようにしたんだ。それから友達が出来たの」
僕が口を開こうとしたら、佐奈ちゃんが僕の肩に手を置いて首を振った。まずは最後まで聞こうというのがわかった。
「愛想笑いもしたし、自分と価値観が違う娘に合わせるのは大変だった。だけど親に隠れて、お笑いのテレビを見ているときの楽しさはなかった」
しばらくの沈黙。佐奈ちゃんが続きを促した。
「何でメイド部に入ったの?」
「メイド部に入ったのも、好きなお笑い番組で、メイド喫茶のコントがあったから。そういうのをやっていいと思ったの」
僕もそのお笑い番組は見てる。三組のお笑い芸人と、アイドルが二人出ていて、コントをやってる番組なんだけど、そのアイドルがメイド服を着て、メイド喫茶のセットでコントをする。芸人さんがいかにもオタクって衣装を着て、オタクじゃなきゃわかんない言葉を話すのが定番。最後にまずいジュースを飲ましたりとか、熱々おでんや激辛カレーを食べさせて終わる。美紀ちゃんが好きって言ってたピークが出てて、結構面白い。
だいたいわかった。好きなことをやるのは良いと思うし、熱々おでんをご奉仕してもらったときは盛り上がった。だけど僕としては言いたいことがある。僕が口を開こうとした瞬間、佐奈ちゃんが先に喋りだした。
「協調性も大切だけど、自分が本当にやりたいことは何かを考えなきゃ。相手だけじゃない、自分だけじゃない。両方を大切にしなきゃ」
僕もちょっと前まで遠慮するところがあった。それで表面上は上手くいってるように思えたけど、あるときそれが楽しくないんじゃないかって思えてきた。別に自分勝手な自己主張をする気はないし、自分の気持ちを抑え続けるのも変な気がした。だから僕の気持ちは僕の気持ちとして、素直に言うようにした。言わずにいた頃はこんなことを言ったら嫌がられたりすると思ってたけど、言ってみたら何てことなく普通に話が進んだ。
「もっと自分を大切にした方が良いよ。そうしなきゃ可愛そう。どんなに仲の良い友達が出来ても、自分の気持ちをしっかり言えなきゃ、本当の友達じゃないから。だからあたしには何でも言っていいよ」
佐奈ちゃんの優しい声で、美紀ちゃんは涙を流した。たぶん美紀ちゃんは佐奈ちゃんのこういう言葉を待ってたんだと思う。本当の自分を出したいけど出せないでいたから。表面的な付き合い方しか出来てないって、自覚があったんだと思う。メイド部のみんなと関わって、表面だけじゃなくて、本当の友達になりたいって思ったんだと思う。
「ありがとう」
「友達だから当たり前のことを言っただけだよ」
佐奈ちゃんは微笑み、美紀ちゃんを見て、みんなに顔を向けた。
「あたしも小さい頃の話をするね。昔から怪物と戦ってたから、あたしも友達がいなかったんだ」
意外な気がした。会話をしていても、話すことに全然苦手な雰囲気が感じられなかったから。でも冷静に考えてみたら、子供の頃から怪物と戦っていたみたいで、そう考えたら当たり前な気がした。
「それでもみんなと仲良く話したり、遊んだりするのは楽しい。だから子供の頃はみんなと遊べる時間が少なかったけど、遊べるときはいっぱい遊んだんだ」
子供の頃を思い出して、笑顔になる佐奈ちゃん。
「自分の使命をわかってたから、遊んでる途中で戦いに行ったりもしてた」
小さい頃でその戦わなきゃいけない辛さを背負っていたのか。僕は推測することしか出来ないけど、それは生半可なことじゃないのは、簡単に理解出来た。僕と違ってしっかりと自分を持っているのは、子供の頃からの定めがあったからか。
「怪物と戦ってるなんて言えなかったから、不思議に思われてたね」
そりゃそうだ。十年前は今ほど怪物は出ていなかった。警察でも戦えない、伝説の武器でしか倒せないと報道された。それがきっかけで佐奈ちゃんの存在が明らかになった。
「戦士なのに可愛い物が好きって、変って言われたね」
苦笑いを浮かべつつ、続ける佐奈ちゃん。
「変な子って言われても、何回も話しかけたんだ」
美紀ちゃんに視線を移すと、不思議そうな顔をしていた。美紀ちゃんからすると、変って言われたのに、何度も話しかけるのは自殺行為に似たものだと思う。おそらく美紀ちゃんはどうやって傷付かずに人と接するかを考えてたんだと思う。でも子供でありながら、戦士の佐奈ちゃんは、傷付くことを恐れずに目的に向かって行動していた。
「男の子からは暴力女って言われても、みんなで遊ぶときは絶対に話しかけた。話しかけなきゃ仲良くなれないと思ったからね」
力強い目の中に優しさがあり、美紀ちゃんを見つめる。その意味を理解した美紀ちゃんは、自分にには無理って雰囲気で俯いた。
玲奈ちゃんが張りつめた緊張感を崩す明るい声で、佐奈ちゃんに話す。
「可愛いもの好きだから、佐奈ちゃんとは、すぐに仲良くなったんだよ」
ツインテールに使ってるシュシュを指さした。
「この前一緒に買い物にも行って、これを買ったしね。やっぱり女の子同士、可愛いものが大好きだから、すぐに仲良くなれたんだ」
玲奈ちゃんは美紀ちゃんの手を握った。
「だから美紀ちゃんも、もっと素を出して。もっと仲良くなろう」
「うん」
美紀ちゃんは嬉しそうに微笑んで、その笑顔に喜びを感じながら、僕は最近思ってることを話した。
「後悔するような生き方はしないで、今やりたいことを一生懸命にした方が良いよ。失敗してもその方が後悔しないから」
自分で言うのも何だけど、ちょっとだけ格好良く決まった気がした。
「さすが光樹先輩。良いこと言いますね」
優衣里は僕のセリフをメモした。
「恥ずかしいからやめろー」
「いいじゃないですか。減るもんじゃないし」
「減るよ。僕の精神力が!」
「漫才が始まったな」
小次郎と拓也が戻ってきて、拓也が僕をからかいだした。
「漫才じゃない!」
「ボケとツッコミがあるんだから、漫才だろ!」
「僕はしたくてしてるわけじゃないんだから」
「わかってるよ。だけど嫌いじゃないだろ?」
「いい加減にしろよ」
小次郎が拓也を止めて、小次郎なりの意見を美紀ちゃんに話した。
「みんなは素を出すのが良いって話してたけど、素を出し過ぎるのもどうかと思うよ。タイミングを見てやらなきゃ、失敗することもあるから。それに俺みたいに突っ込みをすると、離れてく人もいるよ」
拓也は小次郎の肩をどついた。
「お前は堅いんだよ」
小次郎はちょっとムッとした表情で、拓也を睨んだけど拓也も計算してやっている。小次郎を指さして続けた。
「あんまり考えすぎると、こんな表情になって、誰も話しかけたくなくなるからね」
みんなが笑い、小次郎はすぐに表情を崩した。
「冗談を言うと仲良くなりやすいよ」
「あたしの冗談って面白い?」
昨日はボケまくっていた美紀ちゃんだけど、どうやら自己満足で、相手が面白いかどうかの自信がないみたいだった。個人的な感覚だと面白いっていうよりも、楽しい雰囲気を作ってた気がした。だから気にせずにボケてくれて構わない。
「ボケ方を教えようか?」
「うん」
美紀ちゃんは嬉しそうに頷いた。
ふと莉音が一切話していないことに気付いた。莉音は話を聞きながら悲しそうな顔になっていた。