怪物が出たため、メイド部は初日から予定時間よりも早めに終わることになった。
「信じてもらえるかどうかわからないけど、職員室に行って先生に話してくるね」
「待って!」
僕が歩き出したら手を掴まれた。振り返ると僕を止めたのは美紀ちゃんだった。
「もし信用されたら、メイド部ってどうなるの?」
考えてもいなかったけど、しばらく休みか、ひょっとしたら部がなくなるのかもしれない。もしこのまま何日かやってメイド部だけに怪物が出たら、メイド部がなければいいことになるかもしれない。
「今回のことは言うな。あたしが何とかする」
佐奈ちゃんが真剣な目で僕を見つめる。
「メイド部が楽しかったんでしょ?」
佐奈ちゃんは美紀ちゃんに優しい眼差しで近づいた。頷く美紀ちゃんは辛そうだ。
「あたしもメイド部を続けたい。先生に言って、万が一廃部とかになったら嫌」
莉音ちゃんも反対だった。だけど玲奈ちゃんは違った。
「万が一のことがあったらどうするの?」
「あたしは続けたいです。頑張って作ったメイド部なのに、一日で終わりなんて嫌です」
優衣里ちゃんは続けたいって気持ちを伝えた。実際に万が一のことがあっても、高校生の僕達にはどうしようもない。それでも優衣里ちゃんの気持ちは強かった。
「佐奈ちゃんがあたし達を護りきれるの?」
「心配するな。この冷却大斬刀なら、どんな敵も倒せる」
「だってさっきご主人様に、一発あたってたじゃない。あたし怖いの。すごく怖いの」
「今日はもう帰ることにしない?」
僕は提案した。怪物を見た直後に話し合いをしても、恐怖に怯えるのはしょうがない。続けたいと言ってた部員も、冷静になって考えたら、危険な状態だと考え直すかもしれない。僕自身どっちがいいかはわからないし、みんなで決めるべきだと思った。
「じゃあ出来るだけみんな一緒に帰ろう」
玲奈ちゃんがこんなに恐がりだとは思わなかった。他のみんなが大丈夫なことがすごいのか。玲奈ちゃんは間近で怪物を見てるし、恐怖心が大きいのは当前か。じゃあ狙われた美紀ちゃんが怖がりながらも、メイド部を続けたいっていうのはなんでだろう。
玲奈ちゃんは佐奈ちゃんから離れず、怪物が出てこないか、心配しながら歩いていた。
「狙われてたのは美紀ちゃんだから、美紀ちゃんが学校を休めばいいんじゃない?」
玲奈ちゃんの思い付いた意見を聞いた美樹ちゃんは、酷いショックを受けた。
「あたしはみんなといたいの」
泣きそうな顔の美紀ちゃんを見て、さっきまで必死に訴えていた声は急激に力を失った。
「仲間外れにするつもりはないよ」
美紀ちゃんの横に行き、頭を優しく撫でる。
「ごめんね」
「うん。玲奈ちゃんも怖いんだよね」
しばらくみんなは黙って歩いた。だけど沈黙を破ったのは、美紀ちゃんだった。
「みんな聞いて。あたしね。今まで本当の自分を出さないようにしてたの。メイドさんになって、初めて自分の素を出せたの」
質問をして、ボケて、突っ込みを入れたときだ。あのときの美紀ちゃんは楽しそうだった。素の自分を出さないようにしてたのは、きっと小次郎みたいに、怒る人がいるからだ。
「だからみんなと一緒にいたい」
泣きながらみんなの目を、順番に見つめていく。佐奈ちゃんが美紀ちゃんを抱きしめた。
「だったら素でいればいい。怪物がまた来ても、あたしが護る。絶対に!」
「あ、ありがとう」
「僕約束するよ。美紀ちゃんを護るって。だから安心して素でも何でも出して。僕は美紀ちゃんのこと、もっと知りたいし、もっと仲良くなりたいから」
「俺も護るから泣くな」
波川が美紀ちゃんの頭を撫でた。そして女の子達も護ると誰からともなく言いだした。みんな怪物が怖いに決まってる。だけど狙われてる美紀ちゃんが、メイド部に居場所を見付けてくれたんなら、みんなで護るしかない。
☆
途中までみんなで帰り、家の近くで僕と莉音ちゃんだけになった。後ろ姿のセーラー服の女の子を見かけて、僕は久しぶりに声をかけた。
「双葉さん」
振り向いたのは大山浩太の姉、大山双葉さんだ。一つ年上の高校三年生で、双葉さんはは中学校から、僕達と違って私立の学校に通っていた。今はその高等部だ。
セミロングの髪が風に靡き、キラキラした瞳を細めて、髪を耳にかけた。近くに来て僕と同じくらいの身長だと気付いた。
「光樹君と莉音ちゃん。久しぶりだね」
太陽みたいに明るい笑顔を振りまいた双葉さんは、嬉しそうに僕達の方に近づいてきた。
「中学の間は部活で帰る時間がバラバラだったし、三年くらい会ってないよね。でも浩太から話はいろいろ聞いてるよ」
「前から言ってますけど、浩太が言ってることは気にしないで下さい。あいつは面白がって、嘘しか言ってないと思うから」
「えー、そうなの? この前の日曜日に、光樹君が知らない女の子とデートしてたって聞いたけど。それも嘘?」
軽い頭痛がして、頭を抑えながら否定した。
「あれは後輩です。外に出たら後輩と会っちゃって。そこを浩太に見られました」
「へぇ。モテモテなんだね」
「変な勘違いはやめて下さいよ。双葉さん」
「ところでさ、さっきから双葉さんっていうのが気になるんだけど、何?」
名前にさん付けって普通だと思うけど、何で怒ってるんだろう?
「小学生の頃までは、双葉ちゃんって呼んでたのになぁ」
「だって僕達高校生ですよ。もうちゃん付けする年じゃないですし」
さっきまで女の子にはちゃん付けをしてたけど、そんなことは秘密にしておく。
「それに双葉さん、大人っぽくなりましたね」
「あ~ぁ。まだまだ子供でいたいのになぁ。やっぱり一個上はおばちゃんか」
「そ、そんなことないですよ」
「だってさっきまで、莉音ちゃんと話してるの聞こえてたぞ。莉音ちゃんにはちゃん付けで、私にはさん付けって、えこひいきだー!」
双葉さんは拳を上げて訴えた。女の子ってちゃん付けか、さん付けって大事なのかなぁ。
「双葉ちゃんは、ちゃん付けで呼ばれたいの?」
「うんうん。スーパーイエスだよ、莉音ちゃん」
僕は少し迷ったけど、仕方がないと諦めた。
「双葉ちゃん。これでいいですか?」
「いいねぇ。いいねぇ。この女の子扱いされてる感じが嬉しいよ」
しばらく会わないうちに忘れてた。このテンション。懐かしくなって思わず誘った。
「良かったら、これからハンバーガー食べに行きませんか?」
「やったー。行く、行く、行くよ。これは幼稚園のときに言ってたアレのためだね」
「何ですか?」
「大人になったら結婚してって話。それをリアルにするフラグだね」
僕は思わず苦笑いをした。
「いつの話を持ち出すんですか?」
「だから幼稚園のときの話だよ」
「そんなこと言ったの?」
「言った」
莉音ちゃんが真顔で尋ね、僕は小声で答えた。
「小学生になったら言わなくなって悲しかったんだぞ」
「小学生になったら、恥ずかしくなってきたんですよ」
「じゃあ今でも出来たら結婚したい?」
なんて質問するんだ。僕は困ったけど、ここではこう答えるしかなかった。
「これから、次第ですね」
「ようし。頑張ろう!」
双葉ちゃんは両手を握って、やる気を出した。こういうところが可愛い。
僕達は近くのファーストフード店に入った。何を食べようかなぁとメニューを見てたら、双葉ちゃんが、腕を組んでかなり悩んでた。
「ビッグバーガーも良いけど、チキンバーガーも良いなぁ」
「双葉ちゃん。良かったら別のを頼んで、半分こにする? それなら両方食べれるしね」
「神か。光樹君は神様だったのか」
「はいはい。神様です。サクサクレジに行きましょう」
僕はハイテンションで拝んできた双葉ちゃんの、背中を押していく。
「あぁ。適当にあしらわれた」
「こういうのは二人のときだけにして下さいね」
「せめて敬語はやめてよ」
「わかったよ。双葉ちゃん」
双葉ちゃんとハンバーガーを買ったら、莉音がまだ買ってなかった。
「先に二階行ってるな」
莉音は悲しそうな顔で頷いた。
席についてハンバーガーを半分にして、僕の分も半分もらう。
「光樹君は前から優しいよね。小さい頃あたしが、じゃんけんで負けて、アイスクリームを食べれなかったら、半分くれたよね」
「覚えてないなぁ。でも悲しくなってる人がいたら、放っておけないからね」
「そうなんだ。あたしにだけに優しいってわけじゃないんだね」
双葉ちゃんは悲しそうな表情になった。
「そういえばさぁ、浩太が言ってたんだけど、光樹君がメイド喫茶から出てくるところ見たんだって。光樹君ってメイドさん好きなの?」
僕はしばらく沈黙を置いた。心の中ではドキドキしてたけど、変に嘘をつくのも嫌だし、ドギマギしながら言うのはもっと嫌だ。数秒間落ち着くために時間が必要だ。
「好きです」
「へぇ、そうなんだ」
楽しそうに双葉ちゃんはにやついた。
「いたいた。探しちゃったよ」
莉音ちゃんが遅れてきた。さっきよりも一層悲しそうになってて、顔が白くなっている。
「莉音ちゃん元気ないの?」
「ちょっといろいろあって」
双葉ちゃんが心配した。怪物に襲われた後だ。精神的に疲れてるのかもしれない。
「莉音ちゃん。無理しなくていいよ。もし辛かったら、食べてすぐ先に帰っていいから」
「光樹君は優しいなぁ」
「光樹。大丈夫だから」
「意地はるなって。莉音ちゃん顔色悪いし、今日は本当に疲れてるだろ」
「大丈夫って言ってるでしょ!」
「ど、どうしたの莉音ちゃん」
いきなり大声を出した莉音ちゃんに驚く双葉ちゃん。
「ごめんなさい。実は今日いろいろあって、僕も莉音ちゃんも精神的に疲れてるんだ」
「そっか。優しいね。光樹君は。やっぱり二人は付き合ってるの?」
人生で何度もされた質問をされた。男女の幼なじみってだけで、この質問をよくされる。
「ただの幼なじみですよ」
「そっか。いいなぁ。私も光樹君みたいな幼なじみが欲しいなぁ」
「じゃあ連絡先交換しましょう。これから幼なじみを復活しましょう」
双葉ちゃんは嬉しそうに頷いて、メアドと電話番号を交換した。
双葉ちゃんは寄るところがあるので、お店を出て別れた。莉音ちゃんと歩いてると、急に莉音ちゃんが訊いてきた。
「光樹は双葉ちゃんのことが、す、す、す」
「す?」
僕が尋ねても、「す」を繰り返している。訊きたいけど訊けない。恥ずかしさも混じったような表情だった。莉音ちゃんがどうして欲しいか考えなきゃいけないんだった。きっと言葉を忘れてるんだ。双葉ちゃんのイメージで「す」で始まる言葉を考えた。
「うん。双葉ちゃんは素敵な女の子だよね」
目を見開いて、驚く莉音ちゃん。
「怪物のことがあって、真っ直ぐ家に帰っても、怪物のことばっかり考えそうでさ。僕は時間を潰したかったんだ。双葉ちゃんと一緒にいたら怪物のことなんて忘れられるもんな」
「そ、そっか。光樹は光樹で、そういうふうに過ごしたかったんだね」
「それに久しぶりに会ったから、また仲良くなりたいしね。今連絡先を交換しなきゃ、いつ会えるかわからないしね。今やりたいことをしなきゃ、後で後悔するからね」
僕は最近思ってることを言った。後悔するくらいなら、失敗を恐れずに何でもやりたい。